まぼろしのつくりもの
フィクションのルール

評論「狼と香辛料」は社会的縛りを描いている希有なラノベ

普通の作品だと、主人公が無一文になるってよくあるんですよ。
で、あんまり困らない。いや、一応困るけどあくまで漫画的に(コメディ的に)困ってみせるだけで、ある種の自由人として生きていけたりする。ボヘミアンですよ。

「狼と香辛料」でも、これが凡百のラノベなら「無一文になったらなったで、わっちと一緒に自由に生きていけばよいでありんす」みたいな展開になる気がします。主人公が商人を辞めて、狼の謎を探す旅をする展開とか。主人公には実は狼を操る能力があったりとか。
(実際の「狼と香辛料」では、主人公はあくまで商人として社会的に生きていくのが大前提です)。

ほとんどの漫画・アニメ・ラノベでは、経済的な義務とか社会的な縛りが描かれないのです。主人公が無一文になっても、ある意味漫画的自由を得られたということであり、本当の意味で心理的負担は感じてないのです。決して経済問題としては描かれず、コメディとして扱われるのです。

「ナニワ金融道」がかなり衝撃的だったのは、借金を返せないことの恐ろしさを漫画で描いたからです。
普通の漫画の文法だと、借金したらボヘミアンになるだけで、別にいいんですよ。
「ナニワ金融道」は社会的縛りを非常に濃く描いて見せた。それは漫画では極めて例外的だったので、私たちは衝撃を受けたのです。(お金を借りたら返さないといけないという単純なことを描いたら、漫画読者には衝撃的だったのです)。

「狼と香辛料」でも、社会的な掟や縛りをちゃんと描いています。
というか、ボヘミアンルートを禁じている。
普通のラノベだと、主人公が社会から放逐されそうな展開になったら、その後は普通にボヘミアンルートなんですが、「狼と香辛料」では、あくまで社会的商人の立場に留まろうとするのです。

なんで「借金」というのをまともに描く作品は少ないのか?
なんで無一文をコメディとして描いてしまう作品が多いのか?
お約束だから……としかいいようがないのですが、基本的にボヘミアンルートを読者は求めているのです。主人公が社会的縛りから逃れていく展開のラノベが多すぎるのです。だから「社会的縛り」から逃れられない前提の作品に出会うと新鮮に感じるのです。


【2008/03/27】 | 評論 | トラックバック(0)



評論「ワンピース」のドラム島編と成長物語

現実において、人間はポジションが固定されているので成長しません。
たとえばあなたが10歳から20歳になったとしても、ポジションはそれほど変動しないはずです。

10歳の頃不細工だったのに、20歳になったらイケメンになることはない。
身長や運動に関しても、同年代の間でのポジションは変わりません。
知能や学力のポジションもそれほど変動しないでしょう。
(10年間いろいろやっても、同世代の中でのポジションは変化しないということ)。

もちろんポジションが変化することはあります。
子供の頃は小さかったのに中学あたりで身長が急激に伸びる奴は時々いますね。
一念発起して猛勉強して、劣等生から脱却するとかあり得るでしょう。

でも、大雑把に見れば、それほどの変動はないのが人生です。
生まれた段階である程度ポジションが決まっているのです。

だからこそ、ポジションの変化話は好まれます。
恵まれない境遇に生まれた人の成功話がわざわざ本になるのは、与えられたポジションから脱却するのが例外的なことだからです。

フィクションでも「成長物語」は好まれます。
最初から成功するのがわかってるような奴が成功する話ではなく、「例外的なポジション変化」の話が好まれます。

典型的なのは「はじめの一歩」みたいに、何らかの才能があって、それで懸命に努力して、ポジション変化させるような話です。
物語の多くが何かに「出会う」ことから始まるのは、ポジション変化をやりやすいからです。
○○との出会いで人生が変わったということです。
その出会ったものと関わり努力しながら、人生が塗り替えられていく……。


それとはまた別に、メンタルな部分での成長に重点を置いた話もあります。
私が好きなのは「フィギュア17」なのですが、ほとんど知られていないので、「ワンピース」のドラム島編あたりを例に挙げましょう。
「ワンピース」は"漫画的な面白さ"を極めたような作品ですが、ドラム島編は、その究極と言えるでしょう。
万が一読んでいない人がいると困るのでストーリーの説明は控えますが、メンタルな部分でいろんなことを克服して成長していくのが最高に素晴らしく描かれています。
このドラム島編は「ワンピース」の中で最も感動的と言っていいでしょう。
非常に大きなカタルシスを得られます。

逆に言うと、現実の人生では、なかなかこういうのが難しいんでしょうね。
いろんな意味で人は変わることが出来ない。でも自分の殻を破りたい願望は持っています。それをフィクションとして見事に描いたのがドラム島編なのです。
この話は本当に素晴らしいと思うのと同時に、現実だと無理だよなと思って悲しくなる部分もあります。

ドラム島編のようなものを「漫画的成長」と言っておきましょう。
漫画的プロセスで、人が自分の殻を破って生まれ変わる。
新しいステージに旅立つのです。


こういう「漫画的成長」をさせずに大ヒットしたのが「新世紀エヴァンゲリオン」ですね。
普通なら碇シンジを「漫画的に成長」させるはずなのが、ひとつも成長させません。
殻を破れない碇シンジは周囲からなじられる。
(漫画の主人公みたいに漫画的成長をさせてもらえないから)。
殻を破れない主人公を描いても「未完」になるしかありませんが、それが逆に多くの人の心をつかみました。
エヴァンゲリオンの「未完」は、人が変われないことの隠喩です。主人公が殻を破れないと、フィクションでは未完になるしかないのです。
一昔前「エヴァンゲリオン」に熱狂した多くの人は、アニメのエピソードを現実の出来事のように見なして語ってました。
やはり殻を破れないのが、リアルの相似形だということで、胸に響いたんでしょうね。
「ワンピース」とは対極の響き方ですけど。
【2007/12/05】 | 評論 | トラックバック(0)



評論「デスノート」



読んだことないひとはあまりいないと思いますが、万が一未読の人は以下の文章を読まないでください。


さて。

最初から犯人がわかっていて、その犯人が捕まらないように見守るサスペンスなわけです。
ある種の古典的な手法であり、映画だとよくありますが、漫画だとわりと珍しいかも。

特に前半は主人公が捕まらないように願いながら見る。
中盤でLが死んでから、ちょっと迷走している気がします。
主人公の妹が誘拐されるあたりは、とても通俗的なサスペンスでいただけません。
これは無理矢理話を続けようとしたからかな。
Nを後半に出してから、キャラが立つまで、少し時間が掛かりました。
終盤の方になると持ち直してきて、前半の頃のような面白さになったと思います。
(最後の方は、主人公が負かされるのを期待して見る感じでしょう)。

この作品は葛藤を描きませんね。
普通、こういう風に、「他人を殺すことも出来る」なんて道具があれば、ある種の葛藤を描くことが多いわけです。葛藤した結果、寸止めで殺さないとか。ギリギリのところで止めたりするわけです。
でも、この作品の場合、最初からあっさり次々と殺めています。
ある意味新鮮だと言えるでしょう。

あと、主人公にトラウマがない。
たいていこういう作品だと、主人公が世の中を恨んでいたり……、という類の背景があるものですが、それがありません。
「本当に人を殺してもいいのか」という禅問答が繰り返されることもありません。

道具の使用を(使用される前に)阻止するという話ではないのです。序盤から思いっきり使いまくっている。
コロンブスの卵と言えばいいんですかね。



あと、話は変わりますが、ノートにルールがあるのがいいです。
何らかの能力があって、それが万能に使えてしまうとなると駆け引きが描けない。
制限を加えることで、駆け引きを上手く描けています。
「カイジ」みたいな感じと言えばいいのか。
この「デスノート」は「カイジ」的な駆け引きを劣化コピーではなく上手くやれた作品だと思います。


「デスノート」が興味深いのは、超常現象を出しながらもサスペンスが出来ていることです。
普通、超常現象があるとサスペンスはやりづらいと考えてしまう。
超常現象は「何でもあり」の印象があるから、謎解きが成り立たないと思えるわけです。

「デスノート」は「ノート」という固定的なものにしたことで、「何でもあり」の状態を回避出来たのかもしれません。
仮に「ノート」というアイテムを使わず、死神を呼びだして殺すということだったとすると、曖昧な感じになってしまうはずです。
いや、死神を呼び出しても、その死神が限定的なことしか出来ないということにすればいいんでしょうけどね。
逆に言えば、ラノベとかで魔法使いの女の子が出てくる場合とかは、何が出来るかが大雑把だからサスペンスが成り立たないのかもしれません。
「デスノート」みたいに、限定的なことしか出来ないということにしておけば、サスペンスが成り立つのかも。

ラノベだと、「ある限られたことしか出来ない」と縛りを設けるよりは、奥の手が次々出てくる感じのことが多いですからね。
でも、それはそうしないといけないというわけではないはずです。
「ごく限られた能力しか使えない」としても、違和感はないと思われます。
そういう作品が増えた方が、面白いと思いますね。
(宮部みゆきの作品でも、限られた能力しか使えない超能力者みたいなのが出てきて、サスペンスが成立してますからね。能力を限定すればサスペンスは可能なのです)。
【2007/08/13】 | 評論 | トラックバック(0)



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