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押し問答プロセスの必要性

たとえば屋敷が燃えていて「逃げないと死ぬぞ」となった場面。
「いやよ、この大事な屋敷から離れないわ」と火事の中に留まる女。
そこで色々押し問答して、屋敷が崩れ落ちる寸前に脱出みたいな。
そういうのがフィクションではよくあるわけだ。


つまりですね。。。。。

「逃げないと死ぬぞ」
「そうですね。逃げましょう」

「こいつは見捨てよう」
「そうですね。見捨てましょう」

「これは諦めよう」
「そうですね。諦めましょう」

というのはダメなのです。




押し問答プロセスを描かなければいけない。
「いやよ!」というのを描かないといけない。

小説とか漫画とか読んでいて「押し問答プロセス」が面倒だと思うことがある。
なんか面倒くさいなと。
でも押し問答しないで、あっさり合理的に行動するのもダメなのだろう。
ある判断をする前に、その判断に対する葛藤を描かなければいけない。

特に女のキャラが絡んだ場合、押し問答プロセスは必須であるような気がする。
女のキャラがあっさり合理的に行動してしまうと、女らしくないということなのかな。
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お互いの手札が明示されている異能者バトルはとても少ない

スポーツ漫画と異能者バトルが違うのは、スポーツ漫画の場合、変な裏技が無いこと。野球漫画で、打球を10個に分裂させてスタンドに入れて10点とかいうのはありえない。まともなスポーツ漫画では、変な裏技はない。

異能者バトルはそれと対極である。異能者バトルは手札が不明なカードゲームのようなものだ。将棋のような完全情報ゲームではない。

相手が何をやるのかわからない。
相手の手札がわからない。
ルールがわからない。
(読者から見て)主人公の手札がわからない。

これが異能者バトル。

サッカーに喩えたら、選手の数が途中から100倍に増えるとか、ゴールの数が三千個に増殖とか、そんな具合である。

もちろん手札が最初にすべて明示されている完全情報な異能者バトルもあり得るだろうけど。
そうでない作品の方が大多数だ。

「銀月のソルトレージュ」枯野 瑛



■第一巻
富士見ファンタジアの作品。
異世界ファンタジーです。

つかみはなかなかよいですね。
奇を衒ったものではないですが、それなりに興味を惹く設定です。
筆力は高く、構成もよい。

問題なのは、最初のつかみが全体として機能していないことでしょうか?
最初に気を惹くために使っているだけの「つかみ」であり、物語全体としては外してもいいような設定なのです。
あと、主人公を長身に設定していますが、ラノベの場合、特段の事情がなければ、主人公の背は高くしない方が無難だと思われます。


■第二巻
筆力は高いんだけど、描写がわかりづらいと思ったり。
冗長性のある記述を嫌うのか、、、。
場面が転換したとき説明的に書くのを嫌っているようなので、わかりづらい。
それと、主語の省略が多すぎる。


■第三巻
筆力の高い人にありがちな読みづらさがあります。
地の文はほぼ「描写」だけ。「説明的な文章」が少ないのです。
もう少し下手な作者だと、説明的に書くんだけど、この作品の作者は筆力が高いので、描写だけで描こうとする。
特に新しい場面に切り替わったとき、状況を説明するのではなく、細部を描写するみたいに書くから、わかりづらい。
冗長に説明的に書いているような文章の方が下手でも読みやすいのです。

「レジンキャストミルク」藤原祐



■第一巻
初期設定はエロゲーみたいな作品。
変わった女の子たちがいて、それを巡るファンタジー。
ただ、エロゲーっぽいのは最初だけ。

造語にさらに変なルビが付いていて、人によっては抵抗感があるかも。

物語開始段階で主人公とその周辺が異能者の集まりであるのは、この系統の話としては珍しい。
クラス内でいじめが発生するが、主人公は関知しておらず、また後半でそれを知ってからも距離を置く姿勢なのはラノベらしい。
(主人公はクラス内の力関係に立ち入らないのがラノベの基本)。


■第二巻
第一巻は新鮮に感じたんだけど、造語の羅列に飽きてきた部分も。
たくさん造語を並べても、それで内容が特異になるわけではないですからね。
結局は「日常-非日常」の単純な構図しかなくて、普通の異能者バトルと変わらないような?
もちろん小説なんてみんな似たようなものなんだけど。
あと、気になるのは、なんとなく不愉快な話が多いことですかね。
怪奇小説的に陰鬱な話ではなくて、微妙に不愉快なエピソードが多用されるので、嫌な感じになるかも?


■第三巻
一応面白いんだけど、「日常-非日常」だけですね。
日常を浸食してくる怪異の存在がいて、、、というテンプレ的な話。
テンプレ的なのは悪くないけど(ある意味いいことだけど)、第一巻の序盤はかなり期待感を持たせる出足だっただけに。進めば進むほど、造語がたくさん使われているだけの話になっているのが。。。
第三巻で話に区切りは付かず、第四巻に続きます。


■第四巻
第三巻の続き。
メロドラマ的なストーリーはどうなのか。
あと、エピソードの流れを断ち切って長々と回想を入れるのはどうか?
エピソードが一段落付いたところで回想シーンを入れるのならともかく、ストーリーが緊迫しているところで長々と回想を入れるのは……。
ともかくだんだん普通のラノベになっていっています。
不愉快なエピソードが多いところだけラノベらしくなかったり。
まあメロドラマ的な部分も、面白いと言えば面白いんだけど。


■第五巻
すっかり普通のラノベになってしまったような……。
因果を操作するみたいなのはよくあるわけで、この作品は、それを奇抜な形でやっていたと思う。
巻が進むごとに、なんかありがちなラノベに近くなってしまっている。


■第六巻
因果律操作のやりすぎでややこしくしてしまったような?
因果律をどうこうすること自体はありふれた設定だけど、やりすぎないほうがいいと思いますね。


■第七巻
因果律を操作するという話の性質上なのか、読んでいてこんがらがった。
あと、場面転換がわかりづらい。
作者の頭の中で映画みたいなのをイメージして書いているような気がするんだけど……。
映画だと、場面を切り変えることでインパクトを出せるが、小説でいきなり場面を変えたらわけわからなくなるだけです。


■第八巻
最終巻。
因果律を操作するというのは、フィクションのお約束として許されているけど、この作品では多用しすぎ。
というか意図的に多用したのだろうが、私としては今ひとつ……。
お約束を超えて、本格的に因果律を操作してしまうと、物語がおかしくなるのではないかと思います。



■総評
第一巻は読む価値あり。
それ以降は、どうしても平凡な印象を拭えません。
第一巻でかなり奇抜な「つかみ」をやっていて、それは成功しているのですが、続きの巻で設定を説明すればするほど、ややこしい因果律操作とか、ありがちな学園異能の話になってしまって。。。
終盤はぐだぐだな展開、と私は思いました。
もちろん本当に独創的なストーリーなど無いので、奇抜な「つかみ」の内容を追究してしまうと、こんがらがってしまうのは仕方ないんですが。。。

「南国ドミニオン」



ソフトハウスキャラらしい、ゆるゆるなSLG。

これ以上ゆるいのは考えられないような状態。

遭難して無人島に漂着して、そこで暮らす。
一応は脱出することを目指すが、それに追い立てられる事もなし。

クリアすることにこだわると意外と時間が掛かります。
(たぶん数十時間の作業プレー)。


普通SLGでストレスが溜まるというと、設定が厳しすぎという場合が多いけど、このゲームはゆるゆるで単純作業の繰り返しを強いられるので、そういう意味でイライラするかも?

クリアすることにこだわるとストレスが溜まるかもしれません。
クリアしないつもりで適当にやれば結構面白いかも。

三鷹さんみたいなライバルってラノベでは出てこないよね

男が読むラノベで、ライバル登場!という場合。
たいていは、ヒロインとは別の魅力的な女の子が現れたという意味である。

「めぞん一刻」の三鷹さんみたいなライバルが現れるという展開は少ない。
主人公周辺にイケメンがいても、空気キャラだったりする。あるいは登場機会が多くても、ヒロインとは完全に疎遠だったり。そのイケメンとヒロインが恋愛に発展するような兆しすらないわけだ。

三鷹さんみたいなイケメンのライバルは禁じ手というわけではないと思う。一般的な物語では、三鷹さん的なライバルを登場させるのはオーソドックスだ。

でもラノベだとあまり見掛けない。
「ゼロの使い魔」だとワルドというルイズの初恋の男が出て来て、主人公ピンチということがあったが、でもワルドは悪役として消えていったので、やはりダメなのか。

主人公を複数の女の子で奪い合うという話でないと、大きなお兄ちゃんの琴線には触れないのだろうか。

「エム×ゼロ」叶恭弘(連載中)



週刊少年ジャンプで連載中の漫画。

第五巻まで読んでみました。

舞台は魔法学園?みたいな感じ。
異世界ファンタジーではなく、現実世界にそういう学園があるという設定。
わりと喧嘩の強い主人公が諸般の事情から魔法学園で魔法が使えるフリをしないといけないことに、、、みたいな話かな。

序盤にパシリとか喧嘩が出てくるのは、少年漫画のお約束みたいなもので、あまりそれはメインではない。
(ラノベだと、そういう要素は意図的に書かれませんけどね)。

作品テイストはラブコメだけど、ヒロインはあくまで脇役。
主人公が本当の意味での主役であり、修業して魔法を身につけていく?みたいな構造。
このあたりは少年漫画っぽいです。

ラブコメ的な話はあまり好きではないんですが、それ以外の部分は面白いです。

ヒロインに好物を設定するのは

ライトノベルでは、「ヒロインにとりあえず好物を設定しておけ」みたいな空気を感じる。何の考えもなしに好物をあてがったりする。作者にメガネ属性がなくても、とりあえず眼鏡っ娘を一人入れておくみたいなものでしょうか。

さて、「好物」は本当に効果があるのだろうか。
ヒロインが好物を食べる場面は本当に必要なのだろうか。

効果があるとすれば、好物によってヒロインの人間らしさを出せる場合かと思う。つまり、普段はちょっと近寄りがたい感じのヒロインがメロンパンをおいしそうに食べたりしたら、人間味が出る。非日常的なヒロインの日常的な側面を垣間見せて微笑ましい気分にさせる。

逆に言えば、ヒロインと主人公の関係が「近寄りがたい」ものでない場合、「好物」は蛇足であると思う。「好物」は難儀なヒロインに餌付けをするようなものかと思ったり。

「最強伝説黒沢」



福本伸行の作品は、

1,駆け引きの面白さ
2,人間描写の面白さ

があるわけです。

「最強伝説黒沢」に関しては、駆け引きの面白さはありません。
「カイジ」のように誰が読んでも面白いという作品ではない。


でも私は、この「最強伝説黒沢」はとても素晴らしい作品だと思いました。
福本伸行の技量に圧倒された。
粗筋として見ると、すごくつまらないんですよ。でも読んでいてすごく面白い。


この作品に関しては、第一巻を読んで面白くないと思ったら続きは読まない方がいいです。
第一巻のテイストのまま延々と続きますから。


基本的に「うだつのあがらない男」について描いた作品です。
話の筋は陳腐なんだけど、描き方がとても面白い。
自分に自信があるタイプの人は、この作品はピンと来ないかも?
劣等感をコミカルに(そして多少真面目に)描いた作品ですからね。


作品の終盤で提示される人生論に関しては何とも言えません。
容姿が悪くて、頭も悪くて、社会的地位も低いのに、人生論で克服してしまうみたいなのは……。
この作品が中途半端な終わり方をしているのも、そのあたりの欺瞞があるからではないでしょうか?
仮にこの作品を続けた場合、人生論をいろいろ説いたにも関わらず、登場人物には冴えない生活が待っていることになるでしょうからね。
「考え方」を変えても、その人の存在は何も変わらないということになるんじゃないのかな?

もっともプラス思考(ポジティブシンキング)的に人生を語って物語の体裁を整えるのはお約束的なことなので、福本伸行が特別に変な描き方をしているという意味ではないです。

ともかくこの作品はすごい面白いのです。
最後のあたりは漫画のお約束として理解して、あまり深く考えない方がいいかもしれません。

ラノベと勧善懲悪

勧善懲悪物語は、赤の他人を助けるような話が多い。自分の身内(仲間)より外側に関心が行かない人は、勧善懲悪物語に感情移入しづらいのかも……と思う。

正義感とは何だろうか?と考えると、赤の他人が被害に遭っているのを見た場合に怒りを感じるかどうかの問題だ。

そういう感性がない人は正義感が無いと言える。じゃあ正義感が無い人は悪人なのかというと、そんなことはない。赤の他人に無関心なだけであって、身内(仲間)には優しかったりする。

逆に言えば、正義感の強い人間の場合、身内に優しいとは限らない。ある意味、思考が正義とか大義とかに飛躍しやすい人だとも言える。

漫画とラノベを比較すると、漫画の方が正義の味方が出やすくて、ラノベだと、正義感の欠如した主人公が多いかもしれない。

世の中に曲がったことがあるとして、それに対する姿勢の問題だ。漫画だと、正義の味方がそれを正すことで解決することが多い気がする。
ラノベの場合、異能者バトルで敵を倒すとしても、それが正義の達成とは限らなかったり。正義の達成というよりは、日常性の回復という文脈になるかもしれない。
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