まぼろしのつくりもの
フィクションのルール

物語の在り方押し問答プロセスの必要性

たとえば屋敷が燃えていて「逃げないと死ぬぞ」となった場面。
「いやよ、この大事な屋敷から離れないわ」と火事の中に留まる女。
そこで色々押し問答して、屋敷が崩れ落ちる寸前に脱出みたいな。
そういうのがフィクションではよくあるわけです。


つまりですね。。。。。

「逃げないと死ぬぞ」
「そうですね。逃げましょう」

「こいつは見捨てよう」
「そうですね。見捨てましょう」

「これは諦めよう」
「そうですね。諦めましょう」

というのはダメなのです。




押し問答プロセスを描かなければいけない。
「いやよ!」というのを描かないといけない。

小説とか漫画とか読んでいて「押し問答プロセス」が面倒だと思うことがあります。
なんか面倒くさいなと。
でも押し問答しないで、あっさり合理的に行動するのもダメなんでしょうね。
ある判断をする前に、その判断に対する葛藤を描かなければいけないということです。


特に女のキャラが絡んだ場合、押し問答プロセスは必須であるような気がします。
女のキャラがあっさり合理的に行動してしまうと、女らしくないということなのかな。
【2007/11/30】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



物語の在り方お互いの手札が明示されている異能者バトルはとても少ない

スポーツ漫画と異能者バトルが違うのは、スポーツ漫画の場合、変な裏技が無いこと。
野球漫画で、打球を10個に分裂させてスタンドに入れて10点とかいうのはありません。
まともなスポーツ漫画では、変な裏技はないわけです。


異能者バトルはそれと対極です。
異能者バトルは手札が不明なカードゲームのようなものです。
将棋のような完全情報ゲームではないのです。


相手が何をやるのかわからない。
相手の手札がわからない。
ルールがわからない。
(読者から見て)主人公の手札がわからない。

これが異能者バトルです。


サッカーに喩えたら、選手の数が途中から100倍に増えるとか、ゴールの数が三千個に増殖とか、そんな感じですよ。

異能者バトルは、あり得ない裏技を並べていくようなものなので書きやすいということなのかも?

もちろん手札が最初にすべて明示されている完全情報バトルもあり得るだろうけど。
そうでない作品の方が大多数です。
【2007/11/29】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



レビュー「銀月のソルトレージュ」枯野 瑛



■第一巻
富士見ファンタジアの作品。
異世界ファンタジーです。

つかみはなかなかよいですね。
奇を衒ったものではないですが、それなりに興味を惹く設定です。
筆力は高く、構成もよい。

問題なのは、最初のつかみが全体として機能していないことでしょうか?
最初に気を惹くために使っているだけの「つかみ」であり、物語全体としては外してもいいような設定なのです。
あと、主人公を長身に設定していますが、ラノベの場合、特段の事情がなければ、主人公の背は高くしない方が無難だと思われます。


■第二巻
筆力は高いんだけど、描写がわかりづらいと思ったり。
冗長性のある記述を嫌うのか、、、。
場面が転換したとき説明的に書くのを嫌っているようなので、わかりづらい。
それと、主語の省略が多すぎる。


■第三巻
筆力の高い人にありがちな読みづらさがあります。
地の文はほぼ「描写」だけ。「説明的な文章」が少ないのです。
もう少し下手な作者だと、説明的に書くんだけど、この作品の作者は筆力が高いので、描写だけで描こうとする。
特に新しい場面に切り替わったとき、状況を説明するのではなく、細部を描写するみたいに書くから、わかりづらい。
冗長に説明的に書いているような文章の方が下手でも読みやすいのです。
【2007/11/29】 | レビュー | トラックバック(0)



レビュー「FAIRY TAIL」真島 ヒロ(連載中)



週刊少年マガジンで連載中の作品。
今のところコミックスは第六巻まで。

「ワンピース」に非常に似ている作品、というのはよく言われるので割愛。

作品内容に関して。

主人公が、最初からある程度経験値の溜まった状態なのはどうなのか?
「修羅の門」とか「北斗の拳」みたいに、最初から奥義を究めた主人公が出てくる名作はあるけど、この「FAIRY TAIL」の場合、ちょっと中途半端。
経験値ゼロから始めるか、ケンシロウみたいにするか、どっちかにするべきだと思いますけどね。
やっぱり経験値ゼロから始めるのが一番妥当なわけです。
主人公が最初から強いという作品の場合、それに合った背景やストーリーが必要。

ともかく「FAIRY TAIL」は主人公が最初から中途半端に強く、そこに物語性が無いため、あまり評価出来ません。
【2007/11/29】 | レビュー | トラックバック(0)



物語の在り方ルサンチマンによる行動は失敗しなければならない

フィクションのかなりの多くが、強者と弱者の話だと言っていいです。
ラノベだと、本人の肉体スペックから離れた異能力勝負になりますが、それでも強者−弱者を決めるために戦うわけです。
強者−弱者の関係から離れた話というと、かなり少なくなってしまう。


興味深いのはフィクションにも厳然たるルールがあるということです。
フィクションだから何でもありなんてことはない。
ルールに従って描かれないものはエラーです。
強者−弱者のルールに反することはフィクションでも許されません。
空を飛んだり指からビームを出したりしてもいいけど、強者−弱者のルールを覆してはいけません。


現実の(肉体的な)強者−弱者に関して言えば、強者というのは別に不死身ではないわけです。
不死身どころか急所だらけなのが人間です。
刑務所に入ってもいいのであれば、弱者が強者をどうにかする方法はいくらでもあります。
つまり強者は物理的に無敵なのではなく、「強い側が勝つ」というルールの上に成り立っています。
本当に何でもありだったら、ある意味強者にとって不利かもしれません。
ルールに従うと強者が必ず勝つのに対して、ルールがないなら弱者がどうにかする方法はあるから。
(もっとも究極的な無政府状態まで考えると、集めた人数と武器の差ということになるでしょうけどね)。


フィクションにおいてルサンチマンっぽい心性を抱えたキャラが出てくると、たいてい企ては失敗します。
フィクションだからルサンチマンで世界滅亡させて終わりというのも描けるけど、それはエラーです。
ルールに則って描かれた作品では、ルサンチマンは失敗する。

弱者が強者に転じて支配的に振る舞うのならルールに従っているので許されます。でも弱者が弱者属性のまま力を行使するというのは据わりが悪いのです。
弱者が強者を階段から突き落とすみたいなのは認められない。
弱者属性の者がルサンチマンで何かをやらかそうとするなら、それは失敗させなければならない。
成功させたらフィクションのルールに違反するから。
まあ違反した作品が世の中に出ることは時々ありますけど。


たぶん「勝つ」というのは、特殊な概念なのです。
私たちは勝つとか負けるとかいう言葉を日常的に使っていて、そのルールの特殊性に気づかないけど。

弱者が強者を物理的に破壊するのは簡単なのです。
(武器を使うとか後ろから攻撃するとかすれば)。
でもそれは「勝つ」ことではないから認められない。実行すれば重大事件として刑務所行きです。
「破壊」するのと「勝つ」のとでは違っていて、物語は勝つためにある。
(あるいは負けるのを描くためにある)。
「破壊」は物語の破綻です。リアルでもフィクションでも禁止なのです。

ルサンチマン(弱者属性の破壊衝動)は未遂に終わらなくてはならない。
【2007/11/28】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



レビュー「レジンキャストミルク」藤原祐



■第一巻
初期設定はエロゲーみたいな作品。
変わった女の子たちがいて、それを巡るファンタジー。
ただ、エロゲーっぽいのは最初だけ。

造語にさらに変なルビが付いていて、人によっては抵抗感があるかも。

物語開始段階で主人公とその周辺が異能者の集まりであるのは、この系統の話としては珍しい。
クラス内でいじめが発生するが、主人公は関知しておらず、また後半でそれを知ってからも距離を置く姿勢なのはラノベらしい。
(主人公はクラス内の力関係に立ち入らないのがラノベの基本)。


■第二巻
第一巻は新鮮に感じたんだけど、造語の羅列に飽きてきた部分も。
たくさん造語を並べても、それで内容が特異になるわけではないですからね。
結局は「日常−非日常」の単純な構図しかなくて、普通の異能者バトルと変わらないような?
もちろん小説なんてみんな似たようなものなんだけど。
あと、気になるのは、なんとなく不愉快な話が多いことですかね。
怪奇小説的に陰鬱な話ではなくて、微妙に不愉快なエピソードが多用されるので、嫌な感じになるかも?


■第三巻
一応面白いんだけど、「日常−非日常」だけですね。
日常を浸食してくる怪異の存在がいて、、、というテンプレ的な話。
テンプレ的なのは悪くないけど(ある意味いいことだけど)、第一巻の序盤はかなり期待感を持たせる出足だっただけに。進めば進むほど、造語がたくさん使われているだけの話になっているのが。。。
第三巻で話に区切りは付かず、第四巻に続きます。


■第四巻
第三巻の続き。
メロドラマ的なストーリーはどうなのか。
あと、エピソードの流れを断ち切って長々と回想を入れるのはどうか?
エピソードが一段落付いたところで回想シーンを入れるのならともかく、ストーリーが緊迫しているところで長々と回想を入れるのは……。
ともかくだんだん普通のラノベになっていっています。
不愉快なエピソードが多いところだけラノベらしくなかったり。
まあメロドラマ的な部分も、面白いと言えば面白いんだけど。


■第五巻
すっかり普通のラノベになってしまったような……。
因果を操作するみたいなのはよくあるわけで、この作品は、それを奇抜な形でやっていたと思う。
巻が進むごとに、なんかありがちなラノベに近くなってしまっている。


■第六巻
因果律操作のやりすぎでややこしくしてしまったような?
因果律をどうこうすること自体はありふれた設定だけど、やりすぎないほうがいいと思いますね。


■第七巻
因果律を操作するという話の性質上なのか、読んでいてこんがらがった。
あと、場面転換がわかりづらい。
作者の頭の中で映画みたいなのをイメージして書いているような気がするんだけど……。
映画だと、場面を切り変えることでインパクトを出せるが、小説でいきなり場面を変えたらわけわからなくなるだけです。


■第八巻
最終巻。
因果律を操作するというのは、フィクションのお約束として許されているけど、この作品では多用しすぎ。
というか意図的に多用したのだろうが、私としては今ひとつ……。
お約束を超えて、本格的に因果律を操作してしまうと、物語がおかしくなるのではないかと思います。



■総評
第一巻は読む価値あり。
それ以降は、どうしても平凡な印象を拭えません。
第一巻でかなり奇抜な「つかみ」をやっていて、それは成功しているのですが、続きの巻で設定を説明すればするほど、ややこしい因果律操作とか、ありがちな学園異能の話になってしまって。。。
終盤はぐだぐだな展開、と私は思いました。
もちろん本当に独創的なストーリーなど無いので、奇抜な「つかみ」の内容を追究してしまうと、こんがらがってしまうのは仕方ないんですが。。。

【2007/11/28】 | レビュー | トラックバック(0)



レビュー「南国ドミニオン」



ソフトハウスキャラらしい、ゆるゆるなSLG。

これ以上ゆるいのは考えられないような状態。

遭難して無人島に漂着して、そこで暮らす。
一応は脱出することを目指すが、それに追い立てられる事もなし。

クリアすることにこだわると意外と時間が掛かります。
(たぶん数十時間の作業プレー)。


普通SLGでストレスが溜まるというと、設定が厳しすぎという場合が多いけど、このゲームはゆるゆるで単純作業の繰り返しを強いられるので、そういう意味でイライラするかも?

クリアすることにこだわるとストレスが溜まるかもしれません。
クリアしないつもりで適当にやれば結構面白いかも。
【2007/11/28】 | レビュー | トラックバック(0)



物語の在り方三鷹さんみたいなライバルってラノベでは出てこないよね

男が読むラノベで、ライバル登場!という場合。

たいていは、ヒロインとは別の魅力的な女の子が現れたという意味です。

「めぞん一刻」の三鷹さんみたいなライバルが現れるという展開は少ないわけですよ。

主人公周辺にイケメンがいても、空気キャラだったりする。
あるいは登場機会が多くても、ヒロインとは完全に疎遠だったり。
そのイケメンとヒロインが恋愛に発展するような兆しすらないわけです。

三鷹さんみたいなイケメンのライバルは禁じ手というわけではないと思います。
一般的な物語では、三鷹さん的なライバルを登場させるのはオーソドックスであると思います。

でもラノベだとあまり見掛けないかな。。。
「ゼロの使い魔」だとワルドというルイズの初恋の男が出て来て、主人公ピンチということがありましたが……。
(でもワルドは悪役として消えていったので、やはりダメなのか)。

主人公を複数の女の子で奪い合うという話でないと、大きなお兄ちゃんの琴線には触れないのでしょうか?
【2007/11/25】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



物語の在り方大金持ちのお嬢様みたいなキャラは

大金持ちのお嬢様みたいなキャラは漫画でもアニメでもラノベでも多用されます。
(大金持ちの息子というのも多用されるけど)。

まず単純に言えば、コメディを作りやすいから。
くだらないことに大金を使わせるだけで、何か面白い話が出来る。

こんなことに100億円……(汗)
こんなことに1000億円……(汗)

という感じ?

ともかく大金持ちを登場させてあり得ない散財をさせれば、それだけでコメディになるのです。
特別に頭を捻らなくても、大金持ちを出しておけば、愉快な話になります。




シリアスな話では、主人公への評価者?として機能するかと思います。

つまり冴えない主人公がいたとしますよ。
そこに大金持ちのお嬢様がやって来て、何か特別なことを頼みに来るとか。
「これはあなたにしか出来ない」みたいな。

ともかく大金持ちのお嬢様だけが評価してくれるような状況。
(あるいはライバル視されるというのも、ある種の評価でしょう)。

主人公が全体から評価されているのはダメな作品なのです。
全体からの評価は低く、しかし重要人物から密かに評価されているというのがよい。
そういう重要人物として大金持ちのお嬢様は使いやすいのかなと。
【2007/11/24】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



レビュー「エム×ゼロ」叶恭弘(連載中)



週刊少年ジャンプで連載中の漫画。

第五巻まで読んでみました。

舞台は魔法学園?みたいな感じ。
異世界ファンタジーではなく、現実世界にそういう学園があるという設定。
わりと喧嘩の強い主人公が諸般の事情から魔法学園で魔法が使えるフリをしないといけないことに、、、みたいな話かな。

序盤にパシリとか喧嘩が出てくるのは、少年漫画のお約束みたいなもので、あまりそれはメインではない。
(ラノベだと、そういう要素は意図的に書かれませんけどね)。

作品テイストはラブコメだけど、ヒロインはあくまで脇役。
主人公が本当の意味での主役であり、修業して魔法を身につけていく?みたいな構造。
このあたりは少年漫画っぽいです。

ラブコメ的な話はあまり好きではないんですが、それ以外の部分は面白いです。
【2007/11/24】 | レビュー | トラックバック(0)



物語の在り方ヒロインに好物を設定するのは

ライトノベルでは、「ヒロインにとりあえず好物を設定しておけ」みたいな空気を感じます。

何の考えもなしに好物をあてがったりする。

作者にメガネ属性がなくても、とりあえず眼鏡っ娘を一人入れておくみたいなものでしょうか。



さて、「好物」は本当に効果があるんでしょうか?
ヒロインが好物を食べる場面は本当に必要なのでしょうか?


効果があるとすれば、好物によってヒロインの人間らしさを出せる場合かと思います。
つまり、普段はちょっと近寄りがたい感じのヒロインがメロンパンをおいしそうに食べたりしたら、人間味が出るわけです。
非日常的なヒロインの日常的な側面を垣間見せて微笑ましい気分にさせる?ということでしょうか。


逆に言えば、ヒロインと主人公の関係が「近寄りがたい」ものでない場合、「好物」は蛇足であると思います。

「好物」は難儀なヒロインに餌付けをするようなものかと思ったり。
【2007/11/22】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



レビュー「最強伝説黒沢」



福本伸行の作品は、

1,駆け引きの面白さ
2,人間描写の面白さ

があるわけです。

「最強伝説黒沢」に関しては、駆け引きの面白さはありません。
「カイジ」のように誰が読んでも面白いという作品ではない。


でも私は、この「最強伝説黒沢」はとても素晴らしい作品だと思いました。
福本伸行の技量に圧倒された。
粗筋として見ると、すごくつまらないんですよ。でも読んでいてすごく面白い。


この作品に関しては、第一巻を読んで面白くないと思ったら続きは読まない方がいいです。
第一巻のテイストのまま延々と続きますから。


基本的に「うだつのあがらない男」について描いた作品です。
話の筋は陳腐なんだけど、描き方がとても面白い。
自分に自信があるタイプの人は、この作品はピンと来ないかも?
劣等感をコミカルに(そして多少真面目に)描いた作品ですからね。


作品の終盤で提示される人生論に関しては何とも言えません。
容姿が悪くて、頭も悪くて、社会的地位も低いのに、人生論で克服してしまうみたいなのは……。
この作品が中途半端な終わり方をしているのも、そのあたりの欺瞞があるからではないでしょうか?
仮にこの作品を続けた場合、人生論をいろいろ説いたにも関わらず、登場人物には冴えない生活が待っていることになるでしょうからね。
「考え方」を変えても、その人の存在は何も変わらないということになるんじゃないのかな?

もっともプラス思考(ポジティブシンキング)的に人生を語って物語の体裁を整えるのはお約束的なことなので、福本伸行が特別に変な描き方をしているという意味ではないです。

ともかくこの作品はすごい面白いのです。
最後のあたりは漫画のお約束として理解して、あまり深く考えない方がいいかもしれません。
【2007/11/22】 | レビュー | トラックバック(0)



物語の在り方勧善懲悪を批判する人がいるけど

「勧善懲悪の物語は底が浅い」みたいな批判を時々聞きます。
何となく気になるのは、これが他者への感情移入の齟齬の問題と思えることです。

結論から先に言うと、勧善懲悪物語は、赤の他人を助けるような話が多いわけです。
自分の身内(仲間)より外側に関心が行かない人は、勧善懲悪物語に感情移入しづらいのかも……ということですね。


正義感とは何だろうか?と考えると、赤の他人が被害に遭っているのを見た場合に怒りを感じるかどうかの問題だと思います。

そういう感性がない人は正義感が無いと言える。
じゃあ正義感が無い人は悪人なのかというと、そんなことはない。
赤の他人に無関心なだけであって、身内(仲間)には優しかったりする。

逆に言えば、正義感の強い人間の場合、身内に優しいとは限らない。
ある意味、思考が正義とか大義とかに飛躍しやすい人だとも言えます。




フィクションではこんな感じかな。
(現実だと、正義感が強くても我慢することになるので、そのあたりが異なります)。

■正義感が強い主人公
・知りもしない赤の他人が傷つけられても激怒する
・世のため人のためみたいな動機で行動する(正義や大義に飛躍させて考える)
・曲がったことが嫌い

■正義感が無い主人公
・赤の他人には無関心、冷淡(身内以外に関心無し)
・世の中を舐めていることもあり
・仲間には優しい
・仲間が傷つけられると激怒


漫画とラノベを比較すると、漫画の方が正義の味方が出やすくて、ラノベだと、正義感の欠如した主人公が多いかも?
厳密に検証したわけではないんですが、ラノベだと、仲間以外は石ころみたいな感覚が多いような。


世の中に曲がったことがあるとして、それに対する姿勢の問題なのです。
漫画だと、正義の味方がそれを正すことで解決することが多い気がします。
ラノベの場合、異能者バトルで敵を倒すとしても、それが正義の達成とは限らなかったり。
正義の達成というよりは、日常性の回復という文脈になるかも。


たぶん感情移入がどこまで拡大するかの問題なんでしょうね。
漫画だと、世の中を正すみたいな感覚で広がって行くけど、ラノベだとそういうのが薄いのかなと。
【2007/11/20】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



物語の在り方ラノベの異能力と肉体感覚

ラノベと漫画の違い。

漫画(特に少年漫画)では、主人公に腕力コンプレックスを持たせることがよくあります。
腕力コンプレックスを克服するような話とか。
あるいはコンプレックスという概念を広げて言えば、必ずしも劣等感ではなく、腕力の勝ち負けにこだわりが強いということです。

ラノベでは、主人公が腕力コンプレックスを持っていることは少なく、たとえば異能力を使う場合でも、腕力とはまったく次元の違う能力として用いられます。
学園でバトルが行われるような作品でも、力関係を描くことは回避されることが多い。
ラノベだとクラス内での力関係が無かったりします。

ラノベの異能力は、主人公の腕力とは無関係な位置づけであるのが普通です。異能力は、本人の現実の肉体スペックとは完全に別個のファンタジーな能力だとされます。肉体と異能力の切り離しがラノベの特徴なのです。
肉体を限界まで鍛え抜くことで超人的な力が使えるようになる、というのは漫画ではよくあるがラノベでは少ない。

このあたりの肉体感覚の無さが、ラノベのバトルの特徴です。
それがゆえにカタルシスを感じられないという人もいるかもしれません。
漫画だと腕力(男の子の尊厳)の勝負になるのに、ラノベだと、本人の肉体スペックから切り離された異能での戦いになるから。。。
異能バトルで負けても、自分の肉体スペックが否定されるわけではないから、、、と言えばいいのかな。少年漫画に馴染んでいる人だとラノベのそのあたりの感覚に馴染めないかも、と思ったり。

まあ腕力の延長としての異能力ということだと、可愛いヒロインに異能力を持たせるのが難しくなりますが……。
【2007/11/18】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



レビュー「疾走する思春期のパラベラム」深見真



■第一巻
文章は読みやすい。
ライトノベルの基本みたいな感じの作品です。

・高校の変な部活が異能者の集まり
・主人公は部活に入って異能者スキルを身につける
・その異能でバトルする
・主人公の周辺だけが真相を知っていて、問題を解決する

すごく王道的な作品で、問題は感じないのですが、もう少し何かが欲しいような。
トラウマ云々の話が出てくるのですが、表層的です。
でもトラウマとかを濃厚に書いても読者が不愉快になるだけなので、浅く書いているのはいいのかも。
いずれにせよ、トラウマ話が効果的だとは思えない。


■第二巻
学園異能系バトルのテンプレを読まされているような感じ。
すんなり読めるんだけど、特別な面白い要素は無し。


■第三巻
これまでの二巻に較べれば面白いと思います。
心理学関係の用語がたくさん出てきますが、今ひとつ消化しきれていないような?
(こういう用語を有効に使って消化しきれている作品はほとんどありませんが)。
百合要素が出て来るんですが、百合というよりは、レズですね。
性格がきついレズの女の子はあんまり需要がないと思うんですが……。
【2007/11/18】 | レビュー | トラックバック(0)



レビュー「冬の巨人」古橋秀之



読んでみて今ひとつピンと来なかった作品の感想をエントリーするかは迷うんだけど、エントリーしてみよう。

世評は高い作品です。
泣けたという意見も多い。

私はあまりピンときませんでした。

基本的にゆるくて感傷的なストーリーです。
いかにも泣かせるみたいな話ではないです。
エピソードの起伏に乏しいので、漠然と読んでいるとあっさりエンディングに辿り着いてしまう感じ。

読者を揺さぶるようなプロットではなく、世界観に浸れるかどうかの問題。

田中ロミオの「人類は衰退しました」の評価のされ方に似てるところがあるかも。
話の筋だけ追っているとゆるゆるであっさり終わってしまう。
世界観自体に入り込むような読み方をしないと読めない作品。
【2007/11/18】 | レビュー | トラックバック(0)



物語の在り方ラノベはヒロインのご機嫌を取る話ばかり

ヒロインに「機嫌」というパラメータがあるのは重要だと思うのです。
「機嫌」の変動で物語を動かしていく。
基本的であり、物語効果も高いのでよく使われるんでしょう。


ライトノベルは女の子の機嫌を取る話ばかりなので辟易する部分も。
機嫌を損ねたヒロインが変な行動取って主人公が慌てる場面とかばかり。


ヒロインが機嫌を損ねる→機嫌を直す→機嫌を損ねる→機嫌を直す

この繰り返しがラノベの多くの「プロット」なのですから……。


・ルイズが機嫌を損ねたから、それを直す話
・ハルヒが機嫌を損ねたから、それを直す話
・シャナが機嫌を損ねたから、それを直す話

こんなのばかりです。

ヒロインのご機嫌を伺う主人公がツンデレを産み出すのです。


だったら機嫌に左右されない温厚なヒロインだと物語は面白くなるのかどうか。。。
難しい問題です。
機嫌に左右されるヒロインだと機嫌を損ねたり機嫌を直したりでプロットのメリハリが付きますが、温厚なヒロインだとそれが難しいような?
【2007/11/15】 | 物語の在り方 | トラックバック(1)



レビュー「狼と香辛料」支倉凍砂



■第一巻
世間の評判がよいので読んでみました。
舞台は中世?みたいな感じ?
最初に農村みたいなところで狼の女の子が出てくるので、動物報恩譚(「鶴の恩返し」みたいな話)かと思ったんですが、そうではないですね。
細かく言えば、主人公がきっかけでヒロインが救われたという部分もあるので、報恩譚に分類出来ないこともないですが、基本的にそういう要素は薄い。
つまり助けられて恩返しをするというプロットではない。
恩返しをするためにヒロインが無理矢理付いてくるという図式にした方がいいような気がするんですが、まあヒットしているのでいいんでしょう。
ストーリーに関しては、まあ一応面白いのではないかと。
世評が高いので、その意味では期待はずれだったかも?


■第二巻
この「狼と香辛料」はお金の重圧をシリアスに描けているのがよいです。
お金に苦しむとリアリティーが出せるのです。
(順調にお金が儲かるという話はフィクションではエラーなのです)。

この第二巻は緊張感があってよいですね。
少し長いのが難ですが、退屈せずに読めました。


■第三巻
この作者は続きを読ませようとする技量がすごいです。
続きがどうなるのか確認しないと気が済まないようなシチュエーションを常に作るのです。
粗筋として説明してしまうと平板なんだけど、妙に気になって読み進めてしまう。
まあ漫画ならこれくらい当たり前なんだけど、ラノベだと、「続きが気になる仕掛け」をしている作品が少ないので。。。


■第四巻
相変わらず、続きが気になるストーリー。
こういう風に書けているラノベはホントに少ない。

大人の世界だから、いろいろトラブルとかを出せるのかもしれない。
仮に中学校とかが舞台なら、「トラブル→解決」というプロットはやりづらい。
「狼と香辛料」の世界観ならトラブルから駆け引きが生じるけど、中学生だと喧嘩か泣き寝入りになるだけなので難しいと思うのです。



■第五巻
この巻は今までの中で一番つまらないような?
というより、この第五巻は恋愛話の比重が大きいので、この作品のキャラクターが好きかどうかに依存すると思います。
第四巻まではエキサイティングな展開だったので、それを期待して読むと拍子抜けするかも。
【2007/11/15】 | レビュー | トラックバック(0)



物語の在り方高校生が恋愛で青春してるラノベは、大きなお兄ちゃんにはウケが悪い

中高生にウケる作品と、大きなお兄ちゃんにウケる作品の違いの問題。

これは証明のしようがないのですが、仮説として。

ラノベの中で高校生が青春しているような描写があったとします。
誰が誰を好きみたいな話とか。
たとえば「灼眼のシャナ」みたいな作品。


恋愛で青春してるみたいな描写に対する反応の問題として。。。
中高生くらいのオタクだと、恋愛に対する憧れで読むかもしれません。
でも、大きなお兄ちゃんだと疎外感を持つかもしれない。

高校生くらいまでだと、もてるもてない別として、恋に恋するようなところはあると思います。
それ以降になると現実に直面するのかな、、、と。
(あるいはモテる人でも、恋に恋する描写は、ある程度の年齢になると読みづらいかもしれないです)。

昔少年マガジンで「BOYS BE」という漫画があってかなりヒットしていましたが、あれはリアル中高生でないと読めない作品だと思います。
ラブストーリーの一歩手前の青春してる感じというのは、リアル中高生にはウケる気がします。
でも、それ以降の年齢になると、特にオタクの場合、疎外感を持つかもしれないです。

「灼眼のシャナ」はものすごいヒットしている作品ですが、ネットではあまり人気がないような気もします。
あれだけ本が売れているのに、シャナ萌えのお兄ちゃんが少ない。
これは高校生が青春している感じが、大きなお兄ちゃん的にウケが悪いのではないか、、、と思っているんですが。。

もちろん証明は出来ないので、実際にはどうだかわかりません。
【2007/11/14】 | 物語の在り方 | トラックバック(1)



物語の在り方生徒会に権力があるのは

フィクションでは、独裁的な生徒会がよく出てきます。

基本的にこれは、権力関係を描くのを避けるためだと思われます。
普通に生徒同士の力関係を描くと、嫌な話になってしまう。


生徒会なら、基本的に真面目な生徒だから、権力があっても、あまり殺伐としない。
独裁的な権限を振るっても、嫌な感じはしないわけです。
警察や軍隊のようなことをやっても漫画的に楽しめます。

あるいは、仮に生徒会がすごい凶悪でも、それは日常的な生徒同士の力関係から懸け離れているのでいいのです。


大魔王とか世界征服の話も同じです。
大魔王とか世界征服まで話を延ばすと、みなさんが中学や高校の教室でやって来たような力関係とは別質の漫画的なテイストに出来るわけです。
Aという生徒がBという生徒を屈服させるというような話だと、いじめというか、そうではなくても嫌な話になります。


生徒同士の嫌な人間関係を描く作品もありますが、たいてい(特に少年漫画では)正義の味方的なものが登場します。
喧嘩が強い誰かがどうにかしてくれる。
嫌な人間関係が延々と描かれて、それだけという作品はあまり見掛けません。
(アニメだと「無限のリヴァイアス」はそういう作品でしたが……)。


人間の日常にありがちな嫌な部分を描いて、それを漫画的にフォローしないというのは、場合によっては名作になり得ると思いますが、基本的に少ないと言っていいでしょう。
「新世紀エヴァンゲリオン」なんかは、そういうタイプの作品だったかもしれません。
(普通なら主人公の成長によって解決させるところを、成長させないという点において)。


ともかく基本的に、人間関係の嫌な部分は飛ばして表現した方が無難なのだろうと思われます。
漫画的権力にするか、嫌なことを描いても漫画的にフォローするなど。
【2007/11/13】 | 物語の在り方 | トラックバック(1)



レビュー「ホーンテッド!」平坂読



■第一巻
「ねくろま」を読んで深い感銘を受けたので、平坂読のデビュー作を読んでみました。
う〜ん。
「嘘つきみーくん、壊れたまーちゃん」みたいな話ですね。
というか、こっちの方が先なので、「嘘つきみーくん」は平坂読の影響受けてるのかも。
いや、主人公が他人をからかうスタンスの作品は西尾維新以降テンプレ化している部分もあるので、誰の影響とかいうのは無意味かも。

「西尾維新的な書き方」は、中学生が遊びで小説を書いたりする場合にはよくあると思います。西尾維新がオリジナルというわけではない。商業出版では「小説は真面目に書かないといけない」という原則がありますが、それに対するコロンブスの卵です。人を喰ったような文体で書けば西尾維新になれるというわけではないですけど。

いずれにせよ、この手の作品はリアル中高生でないと読むのがきつい。
大きなお兄ちゃんにはかなり苦しい作品です。


■第二巻
主人公たちが修学旅行に行くだけの話。
まともなプロットがないので、ある意味読みやすいです。
つまらないプロットがあると、それを把握しながら読むだけで疲れるから。
皮肉ではなく、この第二巻はプロットが無くダラダラ書けているのでよい。


■第三巻
普通にシリアスなラノベになってるんですけど。
何とも言えず。


■第四巻
第三巻は普通のラノベだったのに、第四巻になったら自意識全開ですね。
リアル中学生でないとこれは読めない。
ストーリーもケータイ小説みたいな粗筋です。



■総評
リアル中高生でない人は読まない方がいい作品。
大きなお兄ちゃんには「ねくろま」がお薦めです。

【2007/11/13】 | レビュー | トラックバック(0)



物語の在り方幼馴染み系の話が好まれるのは

幼馴染み系の話が意外と好まれるのはなんででしょう?
有り難がられているのはフィクションの中だけではないでしょうか?
(リアルで需要がないのに、フィクションでは妙に好まれる)。
また、忘れていた記憶を取り戻すみたいな話と結びつきやすいのは何ででしょう?


人間というのは、幼少期は、人間関係が曖昧だったりします。
必ずしも友人グループを固定しません。
近所の人間の方が遊びやすいので、近所の人間と友達になるというのはあるでしょう。
でもそれほどグループ化はされない。
結束力は弱いわけです。


小学校三年生くらいになると、わりとグループを作ったりするようになります。
これをギャングエイジと呼んだりするそうです。
ギャングというと大袈裟ですが、徒党を組んで何かやる様子をギャングと呼ぶんでしょう。
ともかく小学校三年生あたりからグループ(排他的なグループ)を作り始めるわけです。

中学生くらいになると、さらに結束力が強まります。
(言うまでもなく暴力性を持ちます。人生で一番濃い時期です)。
ある程度大人になると、純粋な友人として誰かと結束したりすることは無くなるでしょう。


フィクションで幼少期の記憶の回帰というのがよく出てきます。
これは必ずしも不自然ではないのです。
小学校低学年の頃というのは、人間関係が緩いですから、「忘れている」わけです。
記憶喪失というわけではなく、曖昧だから印象に残らないのです。
乳幼児の頃だとそもそも記憶が無いですが、5歳とか7歳くらいの記憶は、何となくぼんやりしている状態とも言えます。
そういう曖昧領域に確保されている記憶がフィクションではノスタルジックに扱われやすいのかもしれないです。


幼馴染みとの関係などに関して、その実状はどうなのか?
実際の人間関係に即して言えばフィクションと事情は違うでしょう。
小学校一年生の頃に友達が引っ越して別れたりして大泣きしても、その後再会したらあんまり感動が無かったりすると思います。
この頃は人間関係が不分明なので、一時的には大泣きしても後はあっさりなんです。
だからこの時期の想いがその後の人生でも引き継がれるというのは、フィクションならではのものです。
でも曖昧さゆえにイノセントに描けるんでしょう。


小学三年生〜六年生くらいが徒党を組んで冒険したりするのは、イノセントなフィクションの素材としてよく使われるかもしれないです。
「ギャングエイジ」とは言っても、暴力性は低いですからね。
(暴力的な小学生もいるかもしれないが、まあイノセントに描いても違和感はない年代です)。
映画とかだと、10歳から12歳くらいの少年たちの冒険は題材としてよく使われます。


中学生とか高校生の年代の人間関係の濃さは、別の意味で物語の舞台になりやすいです。
13歳から17歳くらいの独特の濃さ(暴力性も含めた濃さ)は、物語で非常にたくさん使われます。
【2007/11/10】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



物語の在り方世界全体で異常現象が発生したりする設定は今ひとつ?

ライトノベルの設定などで。

世界全体で異常現象が発生するみたいなのは意外と少ない気がします。
(たくさんあってもいいはずなのに、なぜか少ないという意味です)。

主人公が住んでいる街だけであれこれ発生するという方がずっと多いはずです。
あるいは主人公の周辺だけとか。
主人公が通っている学校だけで問題が起こるということだったり。

つまり問題が発生する範囲を絞っている作品の方がずっと多いと思われます。

たとえば次のふたつなら、どっちが多いか?

・世界全体で怪奇現象が発生している
・主人公の住んでいる街や通っている学校だけで怪奇現象が発生している

明らかに後者だと思われます。


やはり、範囲を絞った方が面白くなることが多いのだと思われます。

多少不自然でも、主人公が住んでいる街だけに異能者が降ってきて戦闘を繰り返すということでもいいわけです。
主人公が通っている高校だけで不可思議な現象が起こるということでいいのです。

そして、主人公の周辺だけで完結していいわけです。
普通ならワイドショーが押し掛けてくるようなことでも、それが来ないということでいいのです。


少年漫画とかでも、通っている学校が世界全体だとして描いたりするのが原則です。

「主人公にとっての世界の範囲」という言い方でもいいかもしれません。
それは地球全体であるよりは、学校だけの方がいい。
学校の敷地内が「全世界」であると。
(地球全体を世界としてしまうと、散漫になってしまうかもしれません)。


もちろんさすがにロボットが出てくるようなアニメだと、主人公の街とか学校だけで戦っているというのは厳しいです。
ロボットアニメの場合、世界全体(地球全体、宇宙全体)の規模で何らかの問題が発生していると描かれます。
出来が悪い作品の場合、世界全体に異常が広がって薄まっているような感覚がすることもあります。
よく出来ている作品は、世界全体で異常が起こりつつも、主人公周辺に焦点が絞れている気がします。
【2007/11/08】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



レビュー「ソラにウサギがのぼるころ」平坂読



■第一巻
最近私の中で「ねくろま」がマイブームです。
なので、この作者の旧作も読んでみようと思い、読んでみたんですが。。。
「ねくろま」的なテイストはあるものの、弾けきれていないかも。
基本的にはふざけた作品で、アホらしさが面白いんだけど、「ねくろま」の方が断然よい。

■第二巻
わりと面白いです。
中途半端にシリアスな要素があるのが今ひとつ。
「ねくろま」の疾走感と較べると、普通の青春話みたいなので挫かれるのが何とも。

■第三巻
ストーリーとしては破綻していると言っていいでしょう。
失敗作です。これが出版されたことに感心します。
ただ、ところどころ非常に面白かったりもします。

■第四巻
第三巻のストーリーの続きですね。
今作はさらに出来が悪いと思います。
この第四巻でこの作品はおしまいです。
打ち切り漫画の最後を読んでいるようでした。


■総評
ふざけた作品なのに、ふざけきれていないところが中途半端になってしまっているかも。
「ねくろま」は完全にふざけているので非常に面白いんですけどね。
「ソラにウサギがのぼるころ」は真面目な青春ドラマを描きつつ、それを茶化すというスタンスですが、あまり上手くいっていないような気がします。
【2007/11/08】 | レビュー | トラックバック(0)



レビュー「うさぎの映画館」殿先菜生



電撃から出ている作品ですが、ラノベっぽくはなく、真面目な青春小説ですね。
キャラ萌え無し。ツンデレ無し。アニメっぽい美少女キャラもいません。
ライトノベルらしい作品を求める人は読まない方がいいかと思います。


作品自体は普通によく書けていると思います。
それとなく「秘密」を設定して、「真相」が明かされるという構造がよく出来ています。
誰かの人生の背景が秘密になっていて、それが後からわかるみたいになってるのです。
特別に刺激的な「真相」があるわけではなく、普通の話なんだけど、何となく気になるように描かれている。
平板な粗筋ながらもすんなり読めます。


評価としては何とも言えず。
よく書けているけど、積極的に賞賛したい部分も無いかもしれない。
いや、賞賛したい作品なんてそんなにあるものではないですけどね。

ともかく普通の青春小説であり、アニメ美少女みたいなのは出てきませんので、読む場合はそのつもりで。
【2007/11/08】 | レビュー | トラックバック(0)



物語の在り方ラノベの主人公が凡人なのは

多くの作品で、主人公が誰かと出会うことから話が始まります。

ライトノベルだと、平凡な男主人公が魔法を使える女の子に出会ったりするところから始まります。

あまりにも陳腐な始まり方に思えても、この基本はかなり守られている。
特にヒットしている作品では。
(「灼眼のシャナ」、「涼宮ハルヒ」、「ゼロの使い魔」など)。
平凡な少年が、何らかの異能者ヒロインに出会うというのは、陳腐であっても外してはいけない大原則のようです。

あるいは少年漫画とかでも、主人公が何かに出会って始まるのが普通です。
異能者ヒロインに出会うケースは少ないだろうが、何かと出会って環境が大きく変化する。
(その前は平凡な少年として平凡な人生を歩んでいたりする)。


雑に言えば、「日常→非日常」みたいな図式。
後の物語の広がりのために、初期段階では平凡さが求められる。


元々主人公が非凡であるという作品だってあります。
物語開始時点で(というか物語が始まる前から)主人公が特別な能力を持っていて使用しているという描き方の作品も結構あります。
とはいえ、「平凡な少年」からスタートさせるのが大原則であるのは確かです。


やはり何らかの形で環境を劇的に変化させ、それで物語を引き立てるのが原則。
そういう「環境の劇的な変化」が"つかみ"と言われるのですが、変化する前は平凡な少年だったとしておくのが一番無難なようです。


潜在能力的には何らかの非凡さを持たせてもいいわけです。
少年漫画なら「実はボクシングの才能があった」とか。
あるいはエロゲーですが、「Fate/stay night」みたいに、魔術は前から出来たと描くとか。
多少の必然性は持たせてもいいでしょう。


でも、ホントに単なる平凡な少年というのもたくさんあるので。。。
特にラノベだとたくさん。
これはライトノベルの男主人公が本当の意味での主役ではないことが多いからです。
異能者ヒロインと行動を共にすることだけが求められており、男主人公の人生を描くものではないと。


平凡な少年が異能者ヒロインに出会う……という始まり方はいい加減飽きられてもいい感じなのに、依然として最強の始まり方です。
どんなに陳腐であっても強力な設定は繰り返されるということなのか。。。
【2007/11/05】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



レビュー「ねくろま」平坂読

■第一巻


この作品はなかなかいいです。

エロゲーの序盤みたいなノリの作品。
ジャンル的には一応異世界ファンタジーと言えばいいのかな?
かなり雑に言うと、魔法学園みたいのが舞台です。

粗筋は、、ネタバレになるので止めておきましょう。
つかみはまあまあ面白いですね。

読み始めた当初は、女の子をいろいろ出されて、人物の把握がちょっと難しかった。
エロゲーなら全然問題ないんですけど、小説は文字媒体なので、説明っぽいセリフや描写がもう少しあってもよかったかも。

筆力は高く、その点は問題ないです。
ギャルゲーとかエロゲーが好きな人にはお薦めの作品です。


■第二巻


相変わらずエロゲーの序盤みたいなノリ。
もちろんライトノベルなので、主人公とヒロインが結合したりはしませんが、テイストはエロゲーです。
こういうのが好きな人は楽しめます。
私はものすごい楽しめました。
今までこれだけ笑えたラノベはないと言ってもいいくらい。
(もちろん下ネタだから笑わせやすいというのはあると思いますが)。
普通のラノベとはかなりテイストが違うんですが、エロゲー好きな人には絶対お薦め。
【2007/11/05】 | レビュー | トラックバック(0)



レビュー「沙耶の唄」



定評のある作品です。
一応ジャンル的にはエロゲーです。

ネタバレは無しにしたいので、抽象的に言えば、ホラー小説みたいな作品です。
比較的上品なホラーだと思います。
グロはたくさん出てきますが、でもストーリーの必然性が無いグロをことさらに出すようなことはありません。
ホラーとしては控え目であるとも言えるでしょう。

クリアに要するのは五時間程度。
ノベルゲームとしてはかなり短い。
選択肢の分岐も終盤であるだけ。
ゲーム性はありません。
ストーリーを読んでいくだけ。
(ノベルゲームの場合、ゲーム性は無いのが普通ですけどね)。

絵に関しては、やや不満があります。
もう少し可愛いキャラの絵の方がよかった?
でも萌え系の可愛い絵だったら世界観に合わないかもしれないので、ある意味これでよかったのかも。

ストーリーは、普通に巧くまとまっています。
あんまり複雑な話にしなかったのがよかったかもしれません。
絶賛するべき作品というほどではないですが、よく出来たストーリーだと思います。
【2007/11/05】 | レビュー | トラックバック(0)



レビュー「グリンスヴァールの森の中」



一応面白いが、育成の要素が欠落しているSLG。

このメーカーの作品全般に育成の要素が欠けていると言ってもいいんですが……。

シムシティみたいに建物を建てていくんだけど、この「グリンスヴァールの森の中」はまさに建てるだけです。
学園の中に無造作に建築していくだけ。
そこに工夫はありません。

また一年が1ターンというゲームなので、キャラを育てている感覚もなし。
自動的に生徒が入学しては卒業していくだけです。

攻略対象のヒロインたちは固定キャラですが、彼女たちは「育成」の対象ではありません。
あくまで接する回数を増やして、好感度を上げていくだけです。
学園の中に建物を造ったり生徒を育てたりすることは、ヒロインの攻略とほとんど結びついていない。
(クリア条件には関係するが、育成との直接的な繋がりは無し)。

とは言いつつも、まあまあ面白いゲームではあります。
引き継ぎ要素もないので、何周もしているうちに飽きるのが自然だと思われますが……。
そこそこは楽しいゲームです。
【2007/11/05】 | レビュー | トラックバック(0)



雑記回想シーンを多用する作品はむかつくよね

回想シーンの多用は困ります。

私がここで回想シーンと言っているのは、アニメの中で過去に放送したエピソードを総集編気味に垂れ流すことではありません。
小説などで時間を前後させながら描写したりすることについてです。


アニメでのプチ総集編的な回想(使い回し回想)と区別するために、以下では小説の話に限定します。



回想シーンを多用する小説作品はなぜむかつくのか。
ある程度集中力を要するからです。
また、回想の途中で読むのを中断出来ないので、根気がいるのです。


小説を読む場合、最初から最後まで一気に読むことは少ない。
たいていは断片的に読みます。
トータルで三時間掛かる場合、30分ずつとか、15分ずつ読んだり……。
「三時間掛かるなら俺は三時間集中して読み続ける」という人もいるかもしれませんが、少数派でしょう。


回想シーンの途中で読むのを中断してはいけない、、、というのは変な強迫観念でしょうか?


読むのを途中で中断する場合、「キリのいい場面」で中断しようとするのが普通です。
回想シーンを多用されると、「キリのいい場面」がわかりづらいというか、一段落するポイントが無かったり……。
(冒頭の回想シーンの意味が最後の方になって分かるとか、そういう作品はイライラします)。


ともかく「時間の前後」を凝った形で使われると、中断しつつ読むというのがやりづらい。
集中して一気読みすれば問題ないけど、夢中で読むほどの作品でなければ面倒なのです。




特に、エピソードを繋ぎ替える回想シーンの使用は致命的だと思われます。

A→B→C→D→Eというのが普通の時系列だとしますよ。

それが、D→A→B→C→Eみたいに繋ぎ替えて書かれていたら、Eまで読んでようやく話が繋がるわけです。

しかもEに到達するまでは、前後関係を把握しながら集中して辿らないといけない。


作者の側は、そうやって話が繋がるのが快楽なのかもしれないけど、読んでいる方はストレスが溜まるだけです。



回想シーンは、

・単なる過去の回想
・エピソードの繋ぎ替え

の二つに区別出来るかもしれません。


エピソードの繋ぎ替えだけはホントに止めて欲しいです。
【2007/11/01】 | 雑記 | トラックバック(1)



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