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現実において、人間はポジションが固定されているので成長しません。 たとえばあなたが10歳から20歳になったとしても、ポジションはそれほど変動しないはずです。
10歳の頃不細工だったのに、20歳になったらイケメンになることはない。 身長や運動に関しても、同年代の間でのポジションは変わりません。 知能や学力のポジションもそれほど変動しないでしょう。 (10年間いろいろやっても、同世代の中でのポジションは変化しないということ)。
もちろんポジションが変化することはあります。 子供の頃は小さかったのに中学あたりで身長が急激に伸びる奴は時々いますね。 一念発起して猛勉強して、劣等生から脱却するとかあり得るでしょう。
でも、大雑把に見れば、それほどの変動はないのが人生です。 生まれた段階である程度ポジションが決まっているのです。
だからこそ、ポジションの変化話は好まれます。 恵まれない境遇に生まれた人の成功話がわざわざ本になるのは、与えられたポジションから脱却するのが例外的なことだからです。
フィクションでも「成長物語」は好まれます。 最初から成功するのがわかってるような奴が成功する話ではなく、「例外的なポジション変化」の話が好まれます。
典型的なのは「はじめの一歩」みたいに、何らかの才能があって、それで懸命に努力して、ポジション変化させるような話です。 物語の多くが何かに「出会う」ことから始まるのは、ポジション変化をやりやすいからです。 ○○との出会いで人生が変わったということです。 その出会ったものと関わり努力しながら、人生が塗り替えられていく……。
それとはまた別に、メンタルな部分での成長に重点を置いた話もあります。 私が好きなのは「フィギュア17」なのですが、ほとんど知られていないので、「ワンピース」のドラム島編あたりを例に挙げましょう。 「ワンピース」は"漫画的な面白さ"を極めたような作品ですが、ドラム島編は、その究極と言えるでしょう。 万が一読んでいない人がいると困るのでストーリーの説明は控えますが、メンタルな部分でいろんなことを克服して成長していくのが最高に素晴らしく描かれています。 このドラム島編は「ワンピース」の中で最も感動的と言っていいでしょう。 非常に大きなカタルシスを得られます。
逆に言うと、現実の人生では、なかなかこういうのが難しいんでしょうね。 いろんな意味で人は変わることが出来ない。でも自分の殻を破りたい願望は持っています。それをフィクションとして見事に描いたのがドラム島編なのです。 この話は本当に素晴らしいと思うのと同時に、現実だと無理だよなと思って悲しくなる部分もあります。
ドラム島編のようなものを「漫画的成長」と言っておきましょう。 漫画的プロセスで、人が自分の殻を破って生まれ変わる。 新しいステージに旅立つのです。
こういう「漫画的成長」をさせずに大ヒットしたのが「新世紀エヴァンゲリオン」ですね。 普通なら碇シンジを「漫画的に成長」させるはずなのが、ひとつも成長させません。 殻を破れない碇シンジは周囲からなじられる。 (漫画の主人公みたいに漫画的成長をさせてもらえないから)。 殻を破れない主人公を描いても「未完」になるしかありませんが、それが逆に多くの人の心をつかみました。 エヴァンゲリオンの「未完」は、人が変われないことの隠喩です。主人公が殻を破れないと、フィクションでは未完になるしかないのです。 一昔前「エヴァンゲリオン」に熱狂した多くの人は、アニメのエピソードを現実の出来事のように見なして語ってました。 やはり殻を破れないのが、リアルの相似形だということで、胸に響いたんでしょうね。 「ワンピース」とは対極の響き方ですけど。
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