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フィクションの中のモラルに本気になるからこそ、フィクションは成り立つ

最近日本のエロゲーが海外で叩かれている。
まあ細かい政治的背景があるのかもしれないが、シンプルな事例として扱ってみる。

フィクションは、それを見ている人が本気になるから成り立つのである。

たとえば、映画の中で人が殺されるとする。
その場合に、「こんなの演技だよね」とか言っていたら、その作品は成り立たない。
まあB級映画なら、そういう見方も出来なくはないが、ある程度まともな作品の場合、人が殺されたら、それは重大事件として受け止めなくてはならない。
「所詮作り話だろ」という反応をしていては、作品が成り立たない。
そして、まともな作品なら、殺害した人間のモラルが問われなくてはならないのである。
我々は、作品内のモラルにとても敏感である。
「デスノート」や「コードギアス」がハッピーエンドだったら許されない。

まあ問題のゲームに関しては、「B級」としての捉え方をするべきであり、本気で受け取るべきではないという意見もあり得るだろう。
(実際の作品をプレーしたわけではないので、中身はわからないが)。
ただ、フィクションに対して本気になるからこそ、フィクションは成り立つのである。
フィクションに対してマジになるのは、普通である。
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「けいおん!」と桜木花道

似たようなことは誰かが書いてるかもしれないが、一応。

「けいおん!」はスラムダンク構造なわけである。
素人がなぜか上達するという。
あるいはスラムダンク以上かもしれない。
素人でも、とりあえず始めてみれば簡単にできそうな、そんなイメージを持たせる作品。
実際「けいおん!」に影響されて楽器を買ってしまった人も少なくないだろう。

これからは、「素人の女の子がいきなり上達する」という作品が増えるかもしれない。
普通はヒロインや主人公には、才能とか素質の根拠が必要だ。
死んだ両親が天才音楽家だったとか。
しかし「けいおん!」のブームを見ていると、素人がなんの説得力もなしに上達することで、逆に「自分でも出来そう」みたいな効果を発揮するのかなと思う。


「けいおん!」は理屈がないことの快楽



「けいおん!」のレビューでも簡単に。
第六話まで。

理屈がない、というのは、萌えの基本である。
女の子らしい魅力ということなのである。
「けいおん!」は理屈を抜いたゆるさを最高に上手く描けていると言っていいだろう。

逆に言えば、女子のキャラに理屈があると萌えは難しい。
作品として失敗という意味ではない。たとえば「Fate/Stay night」のセイバーは男性的思考だが、ヲタにもかなり受け入れられた。だが、(普通の意味での)萌えではないのである。

普通の意味での萌えとは、やはり理屈がないことなのである。
そういう状態を楽しむこと。
幼児的な女子高生なんて言い方でもいいのかもしれない。

理屈がないのは必ずしも欠落ではない。
「理屈っぽい」人は、理念にとらわれていて、目の前の状況が見えておらず、融通が利かないことも多々ある。
理屈抜きで生きるのは必ずしも馬鹿ではないのだ。
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