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Baldr Skyはクリアしてからも長時間遊べるゲーム



Baldr Sky。
おそろしく中毒性のあるゲームである。

シナリオの方はたいしたことなくて、一応面白いけど陳腐なSF。
でも、クリア後もアクションでかなり楽しめる。

武器のレベルを上げながら、自分も上達しつつ、という具合。
マイペースで出来るゲームだから、あんまりストレスも溜まらない。
コンボを色々試して、決まるようになると爽快感。
アクションゲームとして水準がとても高い。
義務感がないから、逆にダラダラやり続けてしまう。

ちなみにバルドフォースの時の例からして、たぶん一年くらいしたら完全版が出たりすると思う。
特に急がない人はそれまで待ってもいいかもしれない。
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ラノベでは「男が女を守る」という基本が薄い

特に統計を取ったわけでもないが(取りようもないが)、何となく印象の話として。

「男が女を守る」というのは物語の王道の王道であり、基本の基本である。
強いヒロインが出てきても、最終的には男が守る。
そういうことだ。

ラノベだと、こういう構造があんまり主流とは言えない。
「男が女を守る」という基本をそれほど守ってはいない。
もちろん、女ヒロインが世界最強で全然男から守られないという極端な話は少ないのだが、「男が女を守る」という要素が薄いということは言える。

「男が女を守る」という場合、男なら誰でも女を守れるわけではなく、要は、男達が女を奪い合うという構造性が根底にあるわけだ。
つまり、男の格差がそこにはあるのである。
それが物語化されるわけだ。
少年漫画では男の格差の問題を「正義の味方」的な共感しやすい主人公で成り立たせたりするが、ラノベだと、男性主人公が正義を成すという作品は少数派だ。

単純に結論を出すなら、オタク層は女を守れないので。。。
だから男が女を守らなくてもいいような、そういう世界観を理想としているのかもしれない。
ある種の逃避だ。

では、「男が女を守る」という基本を守らない作品は破綻しているのか?
物語としては今ひとつなのかもしれない。
だが、女ヒロインの強さが、ラノベ的な商品、つまりキャラクター小説としては売りやすいため、物語性としては王道でなくても、キャラ萌えという文脈で受け入れられている。
実際、ラノベは、”ストーリーを楽しむ”のではなく”キャラクターを楽しむ”という要素が強いわけだ。
男が女を守るという王道的な物語から離れつつ、オタクの世界は育っているのである。

BALDRSKY Dive2 "RECORDARE"



ようやくクリアしたので、簡単なレビューだけ書いておこう。

このDive2はDive1の続編なわけだが、まあ前編・後編の関係だと言えば誤解を招かずに済むだろう。
Dive1をプレイしていることが大前提。
Dive2は解決編という感じ。

ストーリーは私はとても面白くて楽しめた、と同時に、陳腐でありがちなSFであることも言っておこう。
新鮮味とか斬新さはない。
ストーリーだけだと、やらなくてもいい類のゲームかと思う。

この作品の醍醐味はなんと言ってもアクションである。
(基本的にゲームパッドは必須だろう)。
私が生涯で最も時間を費やしたゲームは「Baldr Force」なのだが、今回の「Baldr Sky」も戦闘アクションは楽しめた。難易度調整は付いており、難しいと思えばvery easyでやればいいから、苦手な人でも攻略は問題ない。

今後アクションゲームとしてやり込めるのかどうかは今ひとつわからない。
Baldr Forceはブーストアッパーから繋がる鉄板の空中コンボがあったのだが、Baldr Skyでは、そういうのがなくなっていて、雑な攻め方になってしまった……ので。
これは今後プレーを続けてみないとわからない。

まあ、総合的に見て、かなり完成度の高いゲームではある。
陳腐な印象も持ったけど。

ヒロインは自分のことを冷静に分析しなくてよい



「聖剣の刀鍛冶」のアニメと原作を比べて、微妙に気になった点。アニメだと第六話に登場するシャーロットの描き方である。アニメでは典型的な「我が儘なお姫様」だ。彼女は皇帝の妾の娘で、皇帝に助けて貰えると信じている。だが小説版だと、妙に自分自身の状況をよく見ているように思える。

本当に微妙な差なのだが、私はアニメ版の方がよいと思う。厳密にはシャーロットはヒロインではないのだが、まあヒロインタイプの少女としては、自分を客観視する必要はない。物語を相対化する必要はないのだ。

シャーロットは皇帝に見捨てられるわけだが、そういう可能性を先回りして考えない方がよい。無邪気で不遜なお姫様が叩き落とされた方がよいのだ。

基本的にヒロインが自分を客観視するのはよくないと思う。先回りして相対化したり、自分を客観視して調整したり、駄目だった場合を考えて諦める用意をしたり、妥協する準備をしておいたり、……そういうのはフィクションではいらない。現実なら必要なことだが、物語のヒロインにはいらないのだ。
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