フィクションのルール

[ 物語の在り方 ] 組織に実験されている女の子

(以下のエントリーは「家族計画」について、多少のネタバレがあります)。

「組織に実験されている女の子」とかって、アニメとかラノベによく出てきますよね。
あるいは「幽閉されている女の子」と言えばいいのか。

結論的に言えば、恋愛経験から閉ざされているヒロインということですね。

恋愛経験を遮断するための手法のひとつとして、何か特殊な能力を持っていて組織に幽閉されていた、みたいな設定になるわけです。

そして幽閉されていたがゆえに、いろいろコミュニケーションに問題があり、それに同情するわけです。

共感性を作りやすいわけです。

まあ「共感」というのは、関係願望なわけですよ。

相手が酷い状況なら、必ず共感してあげるというわけではない。

たとえばこれが、とある少年が親からスパルタ教育を受けていて、結果として引き篭もりになったという話なら、共感しないでしょう。

でも可愛い女の子が親から厳しく育てられていて、いいようにコントロールされていたということなら共感するかもしれない。
「家族計画」の高屋敷青葉なんかはそういう話ですね。
高屋敷青葉は無理矢理結婚させられたという設定ですが、これは恋愛経験の遮断なわけです。
自分の意志で恋愛などしたことがないから、非処女でも、恋愛経験がないということで、エロゲーのヒロインとしては成り立つわけです。

高屋敷青葉みたいな男がいたら物語に入り込めるか、と言っても入り込めないです。
たぶん不幸なんだけど、「ひとのせいにするな!」とか言って、吐き捨てるでしょう。

人は、「共感」というのをすごい正当性のあるキーワードとして使いますが、実際は相手に助力を与えたいという感情が触発されるかどうかだと思うんですよね。
"僕が助けてあげたい"みたいな感情が沸き上がるかどうかの問題です。

たぶん「ひとのせいにするな!」と人が言うのは、面倒だから不幸な奴の話など聞きたくないということだと思うんですよ。相手が不幸な境遇なのは事実なんだろうけど、それに「共感性」を持つのが面倒ということ。
(つまり責任論の問題ではなく、手を差し伸べるつもりがないということを言いたいのだと思われます)。

「幽閉されていたヒロイン」みたいなのは、普通ならコミュニケーションが成り立たない相手として登場することが多いわけです。
主人公以外はその女の子を変わり者として忌避している。
そういう構図だと、主人公が「僕は君をわかってあげるよ!」みたいな感情移入がしやすいわけです。

前述の少年の事例でも、仮に彼が美少年なら、腐女子の人は共感するかもしれないですよ。
エゴの固まりの親に翻弄されてボロボロになった美少年を守ってあげたいと「共感」するわけです。

共感とはそういうことです。
「助けてあげたい」という感情が触発されるかどうか。
相手が美少女の場合と、不幸なオッサンの場合では対応が違うのは当然です。
(だから「共感」という言葉を正当性の強い言葉として用いるべきではないのです)。
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