まぼろしのつくりもの
フィクションのルール

物語の在り方アニメとかで綺麗なお姉さんみたいな母親がよく出てくるけど

アニメとかで綺麗で優しいお姉さんみたいな母親がよく出てくるけど、あれは本当に物語効果として有効性が高いのでしょうか?
特別な狙いがあって用いられているのでしょうか?

もちろん「普通のおばさん」である場合も多いです。
ともかく、主人公が母親と葛藤関係にあることは少ないと思うんです。

実際の人生では、母親とは支配的な生き物なので、そのエゴとの葛藤というのはかなりあるはずです。
でもそれはフィクションではあまり描かれない。

時々そういう作品を目にすることはありますが、母親との葛藤というのは、現実生活でありがちなテーマのわりには、出現頻度がかなり低いのです。


単純に言えば、物語とはカタルシスを求めるものです。
つまりフィクションは、いろんな意味でつくりものなのです。
ストーリーが架空であるというだけでなく、その物語の進み方も現実の骨組みとは違うのです。

現実世界ではたくさん出てくる要素でも、それが物語のカタルシスに繋がらないなら、カットされるわけです。
「母親との葛藤」などは、その典型です。
そういうのは現実にはありがちなんだろうけど、見ているといろんな意味でイライラするという人が多いでしょう。
思い当たるから鬱になるとか、あるいは、他人のそんなことに共感したくないとか。
ありがちな問題ではあっても、そういう家族の中でのゴタゴタにシンパシーを感じづらいのも確かです。

「綺麗なお姉さんみたいな母親」が登場するのも、葛藤関係を描くことの回避かと思われます。
物語効果が高いとは思わないんですよ。
綺麗なお姉さんみたいな母親から無償の愛情を注いでもらっていたというような描写は陳腐なわけです。
葛藤関係を描くのは面倒なので、「無償の愛」の方が無難だという選択になっていると思われます。


逆に言えば、カタルシスに繋がるなら葛藤を描くこともあります。
「Air」の親子愛などは、そういう感じでしょう。
つまり最終的な和解(理解し合うカタルシス)に到達するために、「Air」では母子関係の葛藤が描かれます。
葛藤を徹底して描いたというわけではなく、不和→和解という物語の図式にするために、前半部で仲の悪さを描いているという程度です。
そして、それが「Air」という作品の素晴らしさなわけです。
仮に葛藤関係それ自体を徹底的に描いていたら、不愉快な作品ということになったでしょう。


【2007/06/22】 | 物語の在り方 | トラックバック(0)



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