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「デスノート」



読んだことないひとはあまりいないと思いますが、万が一未読の人は以下の文章を読まないでください。


さて。

最初から犯人がわかっていて、その犯人が捕まらないように見守るサスペンスなわけです。
ある種の古典的な手法であり、映画だとよくありますが、漫画だとわりと珍しいかも。

特に前半は主人公が捕まらないように願いながら見る。
中盤でLが死んでから、ちょっと迷走している気がします。
主人公の妹が誘拐されるあたりは、とても通俗的なサスペンスでいただけません。
これは無理矢理話を続けようとしたからかな。
Nを後半に出してから、キャラが立つまで、少し時間が掛かりました。
終盤の方になると持ち直してきて、前半の頃のような面白さになったと思います。
(最後の方は、主人公が負かされるのを期待して見る感じでしょう)。

この作品は葛藤を描きませんね。
普通、こういう風に、「他人を殺すことも出来る」なんて道具があれば、ある種の葛藤を描くことが多いわけです。葛藤した結果、寸止めで殺さないとか。ギリギリのところで止めたりするわけです。
でも、この作品の場合、最初からあっさり次々と殺めています。
ある意味新鮮だと言えるでしょう。

あと、主人公にトラウマがない。
たいていこういう作品だと、主人公が世の中を恨んでいたり……、という類の背景があるものですが、それがありません。
「本当に人を殺してもいいのか」という禅問答が繰り返されることもありません。

道具の使用を(使用される前に)阻止するという話ではないのです。序盤から思いっきり使いまくっている。
コロンブスの卵と言えばいいんですかね。



あと、話は変わりますが、ノートにルールがあるのがいいです。
何らかの能力があって、それが万能に使えてしまうとなると駆け引きが描けない。
制限を加えることで、駆け引きを上手く描けています。
「カイジ」みたいな感じと言えばいいのか。
この「デスノート」は「カイジ」的な駆け引きを劣化コピーではなく上手くやれた作品だと思います。


「デスノート」が興味深いのは、超常現象を出しながらもサスペンスが出来ていることです。
普通、超常現象があるとサスペンスはやりづらいと考えてしまう。
超常現象は「何でもあり」の印象があるから、謎解きが成り立たないと思えるわけです。

「デスノート」は「ノート」という固定的なものにしたことで、「何でもあり」の状態を回避出来たのかもしれません。
仮に「ノート」というアイテムを使わず、死神を呼びだして殺すということだったとすると、曖昧な感じになってしまうはずです。
いや、死神を呼び出しても、その死神が限定的なことしか出来ないということにすればいいんでしょうけどね。
逆に言えば、ラノベとかで魔法使いの女の子が出てくる場合とかは、何が出来るかが大雑把だからサスペンスが成り立たないのかもしれません。
「デスノート」みたいに、限定的なことしか出来ないということにしておけば、サスペンスが成り立つのかも。

ラノベだと、「ある限られたことしか出来ない」と縛りを設けるよりは、奥の手が次々出てくる感じのことが多いですからね。
でも、それはそうしないといけないというわけではないはずです。
「ごく限られた能力しか使えない」としても、違和感はないと思われます。
そういう作品が増えた方が、面白いと思いますね。
(宮部みゆきの作品でも、限られた能力しか使えない超能力者みたいなのが出てきて、サスペンスが成立してますからね。能力を限定すればサスペンスは可能なのです)。
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