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作品内で主人公が一番の悪人ということは少ない

悪事が出てくる作品の場合、「道徳に反する行為」を作品内でどう扱うかという問題が生じる。
基本的に、主人公より悪い奴がいた方が物語が安定する。
(道徳的な問題の据わりのよさがあるという意味)。

作品の多くが勧善懲悪的になるのは、必ずしも正義君が好きだからというわけではなく、「主人公より悪い奴」がいないと不安定になるからである。

たとえば「ワンピース」を事例に考えよう。

「ワンピース」は極悪人の敵がやたらと出てくる作品ですが、仮に極悪人が出てこなかったら?
主人公の仲間であるナミの手癖の悪さとかが気になるかもしれない。
なんだこの万引き女?みたいな。

「ワンピース」は海賊と称しつつも、実質的にはトレジャーハンターのノリだが、それでもやはり極悪人を敵として出しておかないと、主人公たちが(読者から)反感を持たれる可能性がある。

ヤンキーやチンピラが主人公の作品だってそうだ。
ヤンキーの主人公が本物の極悪人と対決する構図は漫画では頻繁にある。
主人公がヤンキーで、そいつが一番悪かったら洒落にならないので、極悪人を登場させることがあるわけだ。

だから、世の中のかなり多くの作品が勧善懲悪系になる。
「正義君vs悪人」だけではなく、「ヤンキーvs極悪人」的な話も勧善懲悪に含めると、かなり多くの作品が勧善懲悪に含まれる。

ヤクザが主人公の話でも、主人公より遙かに悪いヤクザが敵として出てくることはよくある。
やはり主人公に対する極悪人を登場させて、道徳的反感をそいつに集めた方が据わりがよい。
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