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インターネットに評価や感謝が存在しないのは

最近はドライにサイトを運営している人が多いです。
ネットで評価や感謝をされたいみたいな感情が昔はあったと思うんですが、最近はそういうのは無くなっています。

ネットに評価が存在しないのは、評価というのが「社会的な仕組み」だからです。個々人の評価が積み重なって評価になるのではなく、「仕組み」としての評価なのです。ある人物が社会的に評価されているとすれば、それは「仕組み」に従って評価されているのです。みなさんの一人一人の評価が積み重なって評価に至るのではありません。
(ネットには「仕組み」が無いから評価もありません)。

感謝に関しても似たようなものです。
感謝も「仕組み」です。
この世の中では、誰に対して感謝するかというのは決まっています。

たとえば、親には感謝しないといけないと決まっている。
どんな親子関係だったかは問いません。

運動部の先輩後輩なども同じことです。
後輩として、先輩に「世話」になったら「感謝」しないといけない。
「世話」の内容は問わないんです。
本当に素晴らしい先輩に恵まれても、悪質な先輩に「世話」になっても、「感謝」の義務があるのは一緒。

つまり、感謝というのは、ある特定の対象に対しての根源的な負い目?みたいなものです。
他人から何かプラスの恩恵を受けたら、それと等価の謝意を示すようなものではないのです。
感謝は等価交換ではありません。

ネット上で有益なことをやっている人が感謝されないのは当然で、感謝というのは負い目の関係だから、そんなものがあったらおかしいわけです。
有益なフリーソフトを使うたびに負い目を負ったり、有益なサイトを見るたびに負い目を負うのでは溜まらない。
(真面目な話、感謝は人間関係に従って行うものなので、人間関係が無いところでの感謝は難しいのです)。

儀礼的に謝意を述べるみたいなのもあり得なくはないんですが、難しいと思いますね。
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