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成長物語についての試論(能力レベルアップと内面レベルアップ)

成長物語というのは、明確な定義は難しい。
「成長物語」って様々な定義がありえる。

とりあえず雑に切り分けるための概念提示をすれば、「成長」する場合に、能力レベルアップと内面レベルアップがあるわけだ。このうち「能力レベルアップ」の比重が高い作品は成長物語ではないと思う。たとえば「ドラゴンボール」は成長物語ではないという定義でいいでしょう。

多くの人が「成長物語」という場合、内面レベルアップのことを想定していると思われる。主人公の内面的成長で物語が動いたりすること。内面レベルアップで新しい視野が開けて新しいステージに……と言えばいいのか。能力を鍛えるという要素を含んでいてもいいが、あくまで内面的成長に重点が置かれる。

物語の中でイベントがたくさん発生しても、主人公が内面的に成長しない作品はたくさんある。主人公の内面が(自我の成長という文脈では)変化しない作品の方が多い。それに対して、経験によって内面(自我)がレベルアップするという人間観に基づいているのが成長物語なのである。

主人公を描くとして、修業で強くなった(能力レベルアップ)とするか、内面の変化(内面レベルアップ)で問題を解決したとするかの問題。
成長物語は人生論的なメッセージに重きを置くので、なんか誰にでも出来るような幻想を生みだしてしまうのかも。
(現実生活だと、内面をどう作り替えても、本人の外形的なポジションは変わりません)。

また成長物語という場合、成長することの苦みを描く場合もある。
というより、苦みによるレベルアップはある意味基本ですかね。
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