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女の論理について:自分に無関係な暴力は非難、しかし自分を守ってくれる暴力には嬉し泣き

これは現実にもフィクションにも共通する問題です。
女は自分と無関係なところで暴力が行われていると非難します。でも、自分を守ってくれる暴力については正当化します。嬉し泣きして、ありがとうである。

同じ暴力でも「男が女を守る」みたいなのは、他のものとは扱いが違う。
たとえば誰かが殴り合いをするとしても、「男が女を守る」という文脈だと別扱い。

「男が女を守る」みたいなのは、男の子向けの作品でも、ある程度基本的なルールです。
女の子が実質主役みたいな作品でも、肝心な部分では男が女を守る構図になります。
「クレイモア」みたいに女が強くてそのままみたいなのは少数派です。
(ちなみに「クレイモア」はアニメ版しか見ていないので、もしかすると原作では「男が女を守る」エピソードがあったりするかもしれないが)。
ともかく、結構強気な女の子でも、どこかで「男に守られる」というエピソードが出てきて、しおらしい態度を見せたりするのが基本です。(たとえば「とらドラ!」でヒロインが一貫して延々と強気だったら、誰も読まないですよ)。

話が脱線しますが、エディプスコンプレックスもたぶんこのあたりと関係あると思うんです。
(これは私見なので、まともな説明ではないことをお断りしておきます)。

エディプス的な関係って、
父親:ジャイアン
母親:スネ夫
息子:のび太
的な構図があると思うのです。

父親が強くて抑圧者として君臨して、母親がそれを正当化して媒介すると。
フロイトの場合、父親は優しい人物だったようなので、優しい父親への罪悪感みたいな方向から書いてますけどね。
ともかく「父-母-息子」の関係で、母がどちらに付くかがキャスティングボードを握るのはどの家庭でも共通。母が父の側に付くと、父と息子が明確に対立するエディプスコンプレックスになるでしょう。

アニメとかだと優しいお姉さんみたいなお母さんが出てきて、フラットな家族関係を作っていることが多いですかね。親にエゴがあるのは(現実なら)普通ですが、それをまともに書くと物語として不愉快になりがちなので、その部分は避けることが多いかも。
『コードギアス』で主人公の母親が最初から殺されているのは、フィクションとして描きやすいエディプスコンプレックスにするためかと思います。語弊があるが、母親を死なせた状態での三角関係だから口当たりがいいのです。母親が生きている状態でエディプス三角関係をやってしまうとリアルすぎてちょっと見たくない……。『巨人の星』とか『エヴァ』で母親が死んでいるのもそういうことだと思います。

話を戻すと、「男が女を守る」と言えば聞こえはいいですが、ある意味、女がけしかけて男同士を喧嘩させるということでもあります。
女は三角関係力学を作ろうとするものであり、その力学が働かない暴力には拒絶反応を示すのです。
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