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伏線の回収という言葉がイヤな理由

「伏線の回収」という言葉がイヤなのは、これが物語の根幹であるかのように思っている人が多いから。言葉の定義にもよるけど、単なる地味な伏線なら回収しなくてもいいと思うのです。単なる地味な設定を伏線と見なして、(その設定がフェイドアウトすると)「伏線の未回収だ!」と騒ぐのはどうなのか?

伏線と、物語の重要エピソードは分けて考えるべきです。たとえば学園物で「最近夜中に校舎をうろついている人物がいるらしい」という話を出すとします。(もちろんこれは重要エピソードです)。当然この後の方で、その不審人物の解明へと展開するわけです。この事例で考えた場合、伏線という言葉を使わなくても説明出来る気がします。

夜中に誰かがうろついている

だったら俺達で探そうぜ

不審者を見つけて、なんらかの事情が説明される

こうした場合、不審者の噂が「伏線」で、不審者を発見し動機を解明したことを「伏線の回収」と呼ぶべきなんでしょうか?
呼んでもいいけど、伏線ではなく、イベントやエピソードと呼んだ方がいいです。

だって「夜の学校に不審者がいる」って仄めかしではなくて、明らかに解決を迫るエピソードです。
これを伏線と呼ぶのか????

フィクションの中のイベントやエピソードは解決を求めているわけです。
「夜の学校に不審者が……」というエピソードがあった段階で、これを探そうという圧力が働きます。

たとえば主人公の妹がひき逃げされたとしますよ。
これは伏線ですか?
明らかに解決を迫る圧力のあるエピソードです。

「解決圧力(解決を迫る圧力)」がある重要エピソードは伏線と呼ぶべきではないのです。

解決圧力(解決を迫る圧力)を持たないエピソードは、別にいいんですよ。
それが放置されたらそれまで。
伏線の未回収だとか大騒ぎする必要はないのです。

解決圧力の強いエピソードが並んでいると物語は面白いんです。
地味な伏線の回収・未回収に神経を尖らせるのは、物語の面白い読み方ではないのです。
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