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貴種流離譚と受難者

貴種流離譚とは何か?
「貴族とか王族とかが、何らかの不本意な理由で流浪して……」みたいな話。
たぶん水戸黄門は違う。
身分が高いけれど、ある種の受難者の立場であるのが貴種流離譚だと思う。
(もちろんこのあたりは定義の問題なので、別の定義もあり得るでしょう)。

最近の作品だと「コードギアス」なんかが典型かと思う。
「コードギアス」はエディプスコンプレックスも加わっているので、貴種流離譚の面白さを最大限に生かしている。貴種流離譚は「ボクは高貴なのに迫害されている」みたいな構造で優越感を刺激するものだから、エディプスコンプレックスとの親和性は高い。(受難の王子様という構造にエディプスコンプレックスは合う)。本当の自分が失われていて、それを回復するみたいな構造になるから、物語も展開しやすい。

「機動戦士ガンダム」のシャアとかも、貴種流離譚ではある。でもジオン自体が軍隊階級的なイメージであり、貴族階級的なイメージではないので、それほど貴種流離譚の印象が強いとは言えない。あと、主人公でもないしね。(ちなみにジオン公国はザビ家が作ったものであり、シャアの父親のジオン・ズム・ダイクンが作ったのはジオン共和国)。

身分制度を出さないと、人間の「高貴さ」を描けないのは問題だと思う。普通の家庭だと高貴にはなり得ないのかと。「高貴」という概念は、冷静に見れば特権階級に都合がいいイデオロギーである。

貧乏な暮らしをしているけど実は……というのは古典的な作品に多いから、王道なのだろうけどね。
そうやって憧れるから身分制度(ヒエラルキー)に絡め取られる。

もっとも、いろんな物語作品をトータルで見れば、成り上がり的な作品の方が圧倒的に多い。
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