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勧善懲悪って、根底に人間嫌いがあるような気がする

人類全般が嫌いというのは、発想としてあり得ますよね。人間嫌いという場合、むしろその方が普通なのではないか。この世の中って、何となく責任が分散していて、悪人が分かりづらい。それが人間です。

で、世界が嫌いだから滅ぼすみたいな話はわりとあるのだけど、たいていは失敗に終わる。
あるいは、そういうテロリストと主人公が戦って勝つみたいな構図が普通。

主人公が世界を嫌っていて普通に滅ぼす話もあり得るだろうが、それは「王道外し」的作品。
(「王道外し」と言ったのは、王道的に好まれないストーリーを敢えてやること。王道的なストーリーがたくさんあれば、「王道外し」も例外として必ずあるわけです)。

勧善懲悪を批判する人がいるけど、たぶん勧善懲悪にしないとまずいんでしょうね。
「コードギアス」だって、侵略されているから戦うわけですよ。
(もし仮に普通の今の日本で、革命を起こすとか言ったら、あんまりしっくり来ない)。

実際は私たちは人間に対して反感を持っており、それをどうやって正当化するかの問題。
倒す相手を極悪人にするのが一番単純。
「ガンダム00」がうまくいかなかったのは、主人公側が人間嫌いの集まりでありながらも、「わかりやすい敵」が存在しなかったからだと思うのです。

勧善懲悪って、根底に人間嫌いがあるような気がするんですよ。
世界を滅ぼす魔王がいたとして、実はそれが作者の一番の願望だったり。

人間が嫌いだから滅ぼしたいという動機で書かれている作品は結構あるはず。
でもダイレクトに書けないから、いろいろ工夫するのだろうなと。
(工夫無しに漠然と描くとガンダム00みたいになる)。
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