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悪人も他人の悪事には腹が立つ(フィクションにおける共感の問題)

フィクションで正義を描くと、なぜ共感されやすいのか?
やはり誰でも他人には善き行いを求めるから。

あなたが悪人だとしますよ。
そうだとしても、赤の他人の悪事には腹が立つと思うのです。
自分や仲間の悪事にはゲラゲラ笑えても、まったくの赤の他人の悪事に対しては反感を持つ。

悪人としてもブイブイ言わせていても、別に不死身ではないですから、他人には道徳を要求するわけです。
誰でも被害者にはなりうるから、ヤクザでも道徳で身を守る必要があります。

悪人が他人には道徳を要求することを「矛盾」と呼ぶかどうかは、「人間は対等」を前提にするかどうかです。
”すべての人間は対等で平等”という前提があるなら、「それは矛盾だ!」と言える。
(逆に言えば、人間は対等ではないとするなら、「俺がやるのはいいけど、他人がやるのは許せん」というのは別に矛盾ではないと思うんですよね)。

ともかく「俺がやるのはいいけど、他人がやるのは許せん」というのはあります。
(仮に人間は対等で平等だという前提から考えるなら矛盾です)。

フィクションで正義を描いておくのが無難なのは、視聴者(読者)は誰でも「正義感」があるから。
あなたがふざけてヘラヘラした悪人でも他人には道徳を求めるからですよ。
別に視聴者や読者が立派な人だらけだから正義を描くというわけではないのです。

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