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勝利はいいが、利益を得るのはよくない

黒澤明の「七人の侍」に対して、百姓の方がしたたかだ、みたいな言われ方がされる。
それは現実の百姓や侍に対しての言及であるなら、あまり的確ではないと思う。
フィクションではああいうラストが妥当なだけである。
侍が勝利して、その手柄で利益を得たら、「七人の侍」は成り立たない。
別に破綻するほどの問題ではないけど、あの作品の構図を考えた場合、勝っても得にはならないという結末がふさわしいのである。

「七人の侍」を題材にして、侍と百姓の関係を論じなら、そもそも変なのだ。
あのラストはフィクションとして、まさに当然という結末。
サムライが得するなんて、サムライの物語に反するわけだ。
主人公が損するというのは物語の基本だが、”サムライ”なら特にそうである。

利口なサムライとか私腹を肥やしたサムライが歴史上にいたとしても、それは主人公にはならない。
フィクションのサムライはあくまで損するのが役目。
(私腹を肥やしたサムライがいれば、それは主人公が倒すべき腐敗)。

まあ現実で損をするのが大好きというマゾはあまりいないだろうが、そういう人でもフィクションの主人公には損することを求めて、感動するのである。
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