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ルルーシュとナナリーのラスボス対決を予想してみましょう(コードギアスR2第二十二話を見ての感想)

コードギアスR2第二十二話「皇帝ルルーシュ」のネタバレ感想です。

もっとも第二十二話では、ほとんど話は進みませんでした。最後にナナリーが出てきて、それで次回に期待を持たせただけ。繋ぎの回と言ってもいいでしょう。最近は急速な超展開の連続だったんで、拍子抜けしましたけどね。最終回が近いわけですが、(第二十二話のスローペースからすると)あまり急ぐ必要がないということなのか?

シュナイゼルがラスボスなんて小物だよねとか言っていたら、どうやらナナリーがラスボスになりそうで。。。
ナナリーが何らかのギアス能力を持っていて、最終回で目を開いたりするのでしょうかね?

さて。

ナナリーとはなんぞやというのを、考えてみたいと思います。
本来なら第二十三話を見てから結論を出すべきなのですが、あえて事前の予想です。

ナナリーは主人公のナイーブさを外部化するための存在です。
わかりやすく言えば、ルルーシュを、アムロ・レイや碇シンジみたいなキャラにはしないということです。
ナナリーは純粋性の担保。
無限の純粋性の象徴だから、ルルーシュが何をやっても「ナナリーのため」で全部返済出来ます。

「コードギアス」は(デスノート的でありながらも)デスノートみたいな主人公は選択しなかった。
ナイーヴな主人公という立ち位置はキープ。そのナイーヴさは碇シンジのように内面で問答するのではなく、「ナナリーのため」というスタンスで維持するのです。

ナナリーは必要不可欠ではない。いなくてもいいキャラではあります。ただそうすると、主人公のメンヘル度が増すでしょうね。ルルーシュがいろいろ他人を騙して操作して暴れて、「でも僕はピュアなんだ」ということだと、境界性人格障害丸出しなキャラになってしまう。まあ境界性人格障害の極みをやってくれてもいいのだけど、普通はやらない方がいいでしょう。ルルーシュの純粋性はナナリーに投影して、本人は悪漢だということにしているのです。これで嘘つきと純粋性がキャラ分けされて、境界性人格障害丸出しは回避できます。

話を少し広げますが、「コードギアス」は主人公の内面的尊厳の回復のための物語です。
ピッコロ大魔王が襲ってきて悟空が戦うのとは対極なのです。

ある意味「コードギアス」でルルーシュは戦う必要ないのです。
別にピッコロ大魔王が襲ってきているのではないのだから。
ブリタニアをぶっ壊すというのは、主人公の内面のためです。

端的に言えば、承認不足の状態に置かれた主人公の話であり、極めてアニメファンに好まれる設定です。狭義のアニメファンということですね。承認不足でトラウマ持ち主人公は、アニメファンにウケます。

ナナリーに関しては、基本的に純粋性の担保でしかないので、ルルーシュの問題解決に関わる必要はないのです。シスコンっぽいテイストになってますが、要はナナリーはルルーシュの分身なのです。

物語構造的に「ナナリーとの対決」は話がこんがらがると思うんですけどね。
父親とのバトルが最終話だと思っていたのですが……。
(つまり第二十一話みたいなのを最終話とするべきではないかと)。
「死んだ優しいお母さん」も生き返らせて、リアルの母親らしいエゴを見せてしまいましたからね。

ラスボスはナナリーで最終話へ向かうと思われますが、どうするつもりなのか?
成長物語的な展開だと、主人公の分身は死ぬんですけどね。純粋性を仮託されてきたナナリーは死んで、ルルーシュは「成長」するというのが最もありがちな展開だと思われます。でも成長物語的にケリが付く感じではなくなっているので。。。
難しいところです。
ナナリーの死と引き替えに問題が「解決」されてルルーシュが生き残ると私は予想しておきます。
かなり苦い結末になりそうな?
基本的にハッピーエンドは難しいかと。

もっとも、いきなり人類補完計画が出てくるアニメだから、何があるかわかりません。
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