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「コードギアス」でのルルーシュとマリアンヌの関係について

ルルーシュはマリアンヌのことを「死んだ優しいお母さん」という風に認識していたはずである。
R2の第二十話まではそうだった。
しかしR2第二十一話で母親が生き返ると、会話がかみ合わない。
母親は父親の人類補完計画を支持するばかり。
「おまえら親は俺とナナリーを捨てたんだよ!」
とルルーシュは魂の叫び声を上げ、両親は消え去る。

これは変なのか?
表面的に見ると変ではある。
優しかったはずのお母さんと、(R2第21話の)エゴを持ったお母さんは矛盾している。制作者は最初の設定を忘れたのか?

でも、これは心理学の基本的な構造だと思う。家庭にもよるが、子供というのは、ごく幼い頃は親から愛されるのではないか。特別に悪い親だと虐待などもありえるが、例外的でしょう。幼い頃は無償の愛が基本。

でもある程度子供の自我が育ってくると、エディプス三角形が生じる。
父ー母ー息子の三角関係になる。
ごくごく幼い頃はお母さんから無償の愛を貰うけど、それを過ぎると父親が入ってきて、断ち切られてしまう。

エディプスコンプレックスでは父と息子が争うわけですが、「コードギアス」では父が勝者だ。両親は第21話で消えてしまうけど、母親は父親を選んで死んだ。

「コードギアス」はエディプスコンプレックスにおいて、息子が負けたケースを描いている。ルルーシュの全能感の肥大と承認不足は、こういう親子関係の結果として、当然かと思う。(現実の自分が認められてないから反逆して世界を変えるという発想は、そういうことです)。
ルルーシュがブリタニアから追放されたのも、エディプス的関係です。ルルーシュは母親争奪戦の敗北者として日本に追放されたのです。そこからの尊厳回復の物語なのだが、何しろお母さんの奪い合いで負けているわけだから、歪んだ戦いになるのは致し方ない。母親を奪い取られた息子は生涯に渡って尊厳の傷を負う。
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