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ルルーシュは100パーセント確実に生きている。物語的に死んだのはナナリーだ。

「コードギアスR2」最終回の最後のカットの折り鶴の意味が話題になっています。
ナナリーが折ったと思われる折り鶴です。
そして「なあ。ルルーシュ」というC.C.の台詞からしても、馬車の御者はルルーシュであると思われます。

何度も何度も繰り返して見たんですが、C.C.が「なあ。ルルーシュ」と言う場面では、明らかに御者の方に目をやっています。御者は間違いなくルルーシュだと断定していいでしょう。C.C.がナナリーの折り鶴を持ち歩いているとしたら変だし、あれは御者のルルーシュの宝物なのです。

そして重要なのは、ルルーシュが生きている方が、青春小説的に筋が通るということです。

この最終回の前半部でナナリーは、「ダモクレスは憎しみの象徴になります」「憎しみはここに集めるんです。みんなで明日を迎えるためにも」と述べます。
ナナリーレクイエムです。
ルルーシュと全く双子のような考えをナナリーは持っていたわけです。
ナナリーは自分が罪を被って死ぬつもりだったんです。
ルルーシュにとってナナリーは半身のような存在なので、同一の考えを持っているのはフィクションの構造として自然だと思います。

ルルーシュがナナリーにギアスを掛けたのは、自分の分身であるナナリーの罪を引き受けるためです。
ゼロレクイエムとナナリーレクイエムは同一ですから、意志のねじ曲げはありません。

青春小説って誰かが死んで、それで物語が完結したりすることがあります。
あるいは死でなくても、何らかの断念や喪失を含めて物語が終わったりする。
これって象徴的には去勢なんです。
主人公ルルーシュはラストで去勢されて青春が終わったんです。

ゼロの仮面を被って世界を動かしていた男が、自分は死んだということにして、外国の片田舎でひっそり暮らす。
これは去勢です。
雑に言うと、夢を諦めて平凡な暮らしをするような展開です。

主人公であるルルーシュからすれば、ナナリーが死んだようなものなのです。
ルルーシュが駆け抜けるように生きてきた青春の文脈の中でナナリーは死んだんです。
社会的に死者となり、ナナリーと永遠の別れになるというのは、ルルーシュが去勢されたということです。

そして、そういう去勢的なラストがあるからこそ、駆け抜けた青春がパノラマのように駆けめぐるのです。
去勢されたラストからの視点だからこそ、「コードギアス」の過去のエピソードの数々が、失った青春の残像として生き生きとよみがえってくるのです。
非常に素晴らしい構造のエンディングだと思います。

また青春物語の特徴として、何かを失った苦みがありながらも、少しだけ救いを獲得したりします。
ルルーシュにとって、それは荷台に載っているC.C.の存在です。
「ギアスという名の王の力は人を孤独にする。少しだけ違っていたか。なあルルーシュ」
と語りかけるC.C.は、心安らぐ仲間となるはずです。
半身であるナナリーを失い青春が終わって去勢されたルルーシュにとって、腐れ縁のC.C.は余生のパートナーとして極めてふさわしいのです。
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