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碇シンジのせいで、弱虫が勇気で問題を克服する話が減った

タイトルは適当です。
減ったか増えたか調査できるわけもないので、単なる印象の問題。
あくまで論点の提示。

古典的な作品だと、弱虫が勇気を出して……というパターンがあります。
最近の作品でそういうのが少ないのは碇シンジのせいではないでしょうか?
単純に言えば、未だにアニメは「エヴァンゲリオン」の強い影響下にあり、弱さの描き方もそうなのではないかと。

最近「ブラスレイター」の最終回を見たんですが、私としてはちょっと。この作品の展開は受け付けない。(それなら見なければいいのだけど、まあ見たので書きます)。

この作品はマレクの弱さを克服するのに時間掛かりすぎです。マレクに限らず、他の人物に関しても、弱さを延々と描くのです。最終回近辺で一応とってつけたように解決するんですけどね。

アニメの場合、弱さをもう少し簡単に「解決」してもいいのではないかと。古典的には、弱虫を勇気で克服なんていくらでもあるのだから。

もちろん現実では「弱さを克服」なんて、あんまりないですけどね。
「コードギアス」のニーナみたいに、学生時代は運動も容姿もダメで冴えなくても、社会で頭脳を活かしてステータスを得るということはあるでしょう。ニーナは別に弱さを克服したわけではなく、環境が変わっただけです。元から物理が得意という勉強だけのキャラなのですから。ニーナが学校だと脇役で、研究職の世界に入ったら活躍するというのは、単なる環境の変化です。

まあ「弱虫」という概念も嘘くさいわけで、単に運動できないとか身長低いというスペック問題を内面の欠陥として扱っているだけです。運動出来るキャラが弱虫ってないですからね。そういう意味では弱虫っていうのも酷いですけどね。

ただアニメでは深く考えることなく、弱さの克服を、もう少し単純にやってもいいのではないかと。
あるいは弱さを延々と描けばエヴァンゲリオンになれるわけでもない。
と、ブラスレイターを見て思ったのです。

どれが正解とは言えないし、アニメ的に簡単に克服しておけばそれでいいというわけでもないです。
ただ少なくとも「ブラスレイター」は弱さの描写を延々とやり過ぎの失敗作。
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