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ナナリーって物語開始時点が一番幸せな気がする

たとえば第一期の第七話。
次のような会話場面があります。

ルルーシュ「弱者はすべて失い、這いつくばる。ブリタニアってのはそういう国だ。そういう世界だ」
C.C.「弱肉強食は原初のルールだ」
ルルーシュ「だとしたらナナリーはどうなる。弱いから諦めなくてはならないのか。俺だけは絶対に認めない。そんな世界、俺が消し去ってやる」

この場面で流れるナナリーの映像は、ベッドで不具者みたいに横たわる悲惨なものです。襲撃された後の場面ということでしょう。

この場面に限らず、包帯に巻かれたナナリーが苦しそうにベッドで横たわっている映像は繰り返し使われます。語弊があるけど、不具者的なイメージ映像なわけですよ。これが何度も出てきます。
でもそれらは過去の回想です。第一期開始時点のナナリーは車椅子生活ながら、充分幸せに思えます。障害がある女の子としては最高の環境を与えられている状態です。

アッシュフォード学園でのナナリーは幸せそうなのに、襲撃された後の包帯に巻かれた悲惨な映像を何度も流して、「ナナリーが幸せに暮らせる世界を」みたいに言うのはどうなのか?
すでに物語開始時点で幸福は達成されてるのに。
大義名分として昔のナナリーの包帯ぐるぐる巻き映像を使うのがルルーシュなんですね。

別の物語の可能性という点から言えば、ナナリーが思いっきり不幸で、そのナナリーを少しでも幸せにするという展開でもいいですよね。それこそ回想映像で何度も使われる不具者ナナリーをデフォにすれば。

包帯でぐるぐる巻きの不具者ナナリーを幸せにしてあげるという展開なら、Key作品が好きな人には確実にウケるでしょう。沢渡真琴とか美鈴みたいな路線で。思いっきり薄幸なナナリーに優しくして、ゴールしてあげるんです。

「コードギアス」はある意味最初からゴールしてますね。ナナリーはどう見ても幸せを獲得しているから。残っているのは身体の障害だけでしょう。ブリタニアをぶっ壊すよりは、ナナリーの眼の治療法を探す方がよかったのでは?
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