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「ウソのない世界」に深い意味はあったのか?

「コードギアス」における仮面とかウソの意味。この作品では仮面というテーマが結構出てきますが、今ひとつ消化不良という印象を受けます。
(もちろん私の見方が浅いだけで、実際は意味があるのかもしれません)。

単純にいうと、この作品は仮面を被って復讐劇をやるという構図が王道的に面白いわけです。そうやって仮面を被ることを、ペルソナ云々のテーマに結びつけるのは、ちょっと無理があった。

この作品では「仮面=ウソ」という感じになります。ルルーシュのゼロの仮面もそういうイメージ。ただ、ゼロという仮面の「ウソ」を、人間の関係性の普遍的問題にまで結びつけるのはかなり飛躍になるかと。

たとえば「ゴルゴ13」において、暗殺とか人を殺すというのを哲学的テーマにして、人が人を殺さない世界を作る人類補完計画とかやったら、変なのではないかと。
「コードギアス」のウソとか仮面の問題も、(ラグナレクの接続あたりに話が行くのは)無理な接着があるような気がします。

この作品の「ウソ」とか「仮面」とかは演劇上のガジェットなので、深く考えてもそれほど意味はないと思います。ゼロの仮面もガジェットでしかないので、人間性の普遍的な問題ではないです。

スザクは他人の裏表が見分けられない人間で、だから嘘つきルルーシュに不信感を持ち対立するようになります。人間の裏表を見分けられるかどうかはコミュニケーションにおいて重要なので、このあたりは興味深いんですが、「ラグナレクの接続」の話にまで持って行くには無理があるし、そもそもスザクはほとんど無関係ですからね。一応あの場面にはいるけど。
(スザクとルルーシュの関係にしても、ユーフェミアの件の怨恨が大きいわけで、裏と表のコミュニケーションのズレの問題を深く扱ってはいないです)。

C.C.はシャルルとマリアンヌに「すまない。気づいてしまったんだ。おまえたちは自分が好きなだけだと」という台詞を言うのですが、これは仮面とかウソの問題よりは、マリアンヌの母性の欠如の問題を言っているのでしょう。
というかR2第二十一話のやり取りは、(制作者側が)マリアンヌのエゴを強調して描いてます。
(つまり仮面やウソが素晴らしいという話ではない)。
あくまで「仮面」や「ウソ」はガジェットであり、実際は親子関係の問題ですね。一般的な自分と他人ということではなく、マリアンヌが実の息子のルルーシュに対して母性を持ててないという問題です。
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