Headline


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーをはてなブックマークに追加

スザクの父殺しの(制作者側の)意図は?

「コードギアス」について色々考えてきて、今ひとつわからないのがスザクの父親殺しです。

制作者はなぜ父親殺しのエピソードを設けたのか?
もちろん父親殺しは心理学の基本ではあります。
あまり深く考えずに、単純に受け取ればいいのかもしれません。

ただ父親殺しというのは、基本的に「願望」とか架空の原罪の問題だと思うので、「実行」は必要ないと思うのです。実行されないからこそ原罪であり、タブーなのです。スザクに「実行」させる必要があったのか?
もちろん願望とか、(ありもしない)原罪だと描きづらいので実行させてみたのかもしれません。

「原罪」に関して言うと、やってもないことに罪悪感を憶えるのはわりと自然かと思います。
現実の自分自身や他人を見てみれば、わりとわかるでしょう。

人間は実際に悪事を成せば結構居直れます。
悪事を自慢話や武勇伝にする人はよくいるでしょう。

逆に真面目にやっていて責められると人間は弱い。
道徳的であるというのは、やってもいない罪に対して罪悪感を持つ状態とも言えます。

少なくとも私はスザクの父親殺しは、この作品の中でのファンタジー的原罪として見てしまうんですが……。
物語の中で、スザクが父親殺人事件をやらかしたというよりは、ある種の(タブーの)ファンタジーとして受け取ってしまうのです。作品内でもスザクが父親を殺す場面はわりと幻想的に描かれている気もします。
(コードギアスは人を殺す場面がたくさんあるアニメであるにも関わらず)。

このあたりはいずれ、もう少し考えてみようと思います。
このエントリーをはてなブックマークに追加
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
アクセスランキング