Headline


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーをはてなブックマークに追加

ルルーシュの去勢不安とナナリーの身体障害

人間という生物はある種のネオテニー状態で生まれてくるので、成熟するまでに時間が掛かる。
そしてそういう存在だからこそ、未成熟性に関する葛藤が生じやすいとも言える。
(つまり他の生き物みたいに、さっさと大人になるわけではないので)。


第一期第七話でのシャルルの発言。
「死んでおる。おまえは生まれた時から死んでおるのだ。身にまとったその服は誰が与えた。家も食事も命すらも、すべてワシが与えたものだ。つまりおまえは生きたことは一度もないのだ」

これは古典的な父親と子供の関係をうまく言い表しているでしょう。シャルルの発言は、日本風に言えば「飯を食わせてやっている」とか「嫌なら出て行け」という具合。俺が面倒を見てやってるからおまえは生きてられるんだ、ということ。

あるいは教育の問題でも、人間はネオテニー生物だから、かなり面倒でお金も掛かります。(このあたりはコードギアスと無関係なので長々とは述べません)。

ともかくネオテニーなので、育てるのにコストが掛かるから大変なのです。親子の葛藤というのも、このあたりの未成熟性の問題です。依存が必要であるがゆえの葛藤関係。

ともかくシャルルの発言は、ルルーシュの去勢不安を煽っているわけです。父親からこういう態度を取られうるのも、ネオテニー生物として仕方ないのでしょう。

そして古典的で暴君的な父親の衝動によりルルーシュは追放される。とはいえルルーシュが本当に去勢されてしまうとダメなので、片割れのナナリーが代役として身体障害者になったのです。基本的に「コードギアス」において、ナナリーはルルーシュの分身です。父親に「去勢」されたピュアな自分がナナリーなのです。男性主人公が「かわいそうな僕」という感じだと痛いですから、「かわいそうな妹」という構造にしたのでしょう。
このエントリーをはてなブックマークに追加
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
アクセスランキング