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「罰が欲しいだけの甘えん坊」というマオのスザク評の正しさ

コードギアス第一期第十六話「囚われのナナリー」にて。
マオがスザクに言う台詞。

「この死にたがりが。人を救いたいって。救われたいのは自分の心だろ。それに殉じて死にたいんだよね。だからいつも自分を死に追い込む。おまえの善意はただの自己満足なんだよ。罰が欲しいだけの甘えん坊め」

これは神経症的な自己処罰感情を非常に上手く言い表していると思う。自己処罰ってある種の「甘えん坊」なのである。問題に向き合えないから、自分を自滅させる方向に追い込む。それで心のバランスを取ろうとする。でも実際はそんなものでバランスは取れない。何度何度何度何度何度何度やってもバランスは取れない。反復強迫とはそういうことである。

罪を犯したとして、それに向き合えないから自己処罰。
恥があるとして、それに向き合えないから自己処罰。
他人に傷つけられたとして、自分の傷に向き合えないから自己処罰。

自己処罰感情って、複雑で。自分が加害者であることもあれば、被害者であることもある。罪悪感というよりは、どちらかと言えば羞恥心に近いかもしれない。傷つけたり傷つけられたりの羞恥。それに向き合えないから、自己処罰の反復強迫が起こる。

自己処罰感情は、別に責任を取っているわけではない。現実の自分を鞭打つことで、理想の自分を守ろうとしている部分もある。だから甘えん坊なのである。

スザクはその問題をうまく解決できたのか?
それは何とも言えない。
ユーフェミアから「私を好きになりなさい。その代わり、私があなたを大好きになります」と言ってもらったことで、解決に向かったのかもしれないが、その後にユフィが……。

まあユフィが死んでないと、ずいぶん都合良く自己肯定感をくれる人物が現れて問題解決されることになってしまうので、殺されることにしたのは自然だけど。
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