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主人公が惚れている相手がヒロインという常識を「とらドラ!」は守ってないから

「とらドラ!」に対する違和感。

その理由を考えてみると。

まず主人公がヒロインの大河に惚れていないという妙な設定。普通なら主人公が惚れている相手がヒロイン設定になるはずである。主人公が惚れているのは実乃梨なのだから、普通に実乃梨がヒロインのはずである。大河はあくまで脇役のはず……、でもヒロインだし……と混乱するわけだ。

この作品の場合、実乃梨と北村君は意図的にモブキャラ的に描かれていると思う。実乃梨は意図的にヒロイン属性がない女の子として設定されている。物語記号的な魅力の問題として、実乃梨は大河に劣るのである。

仮に主人公が実乃梨とくっついたら、二番目の相手とくっついたような感覚を覚えるはず。

ヒロインが誰なのか混乱する……というと不正確か。
ヒロインは大河であると強調されている。
ヒロインは間違いなく大河。
でも主人公が好きなのは実乃梨である。

この作品が複雑なのは、主人公と実乃梨の恋愛の成就を応援する気にはならないことだ。理由は簡単で実乃梨はヒロインではないから。

主人公と大河の間にフラグが立つのを待ちながら視るような感じ?
でもそうならないから、違和感。
フラグが立って流れが出来るような進行に慣れすぎているのか?

原作では話が進むと主人公と大河がくっつく流れらしいのだが、原作は二巻まで読んで拒絶反応を覚えたので、三巻以降は読んでない。
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