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主人公はからかわれるタイプの方がよい

「からかう」というのは、社会的に実用的なスキルである。からかう能力が高い人間は社交性に優れている。「からかわれる」ことが多いなら、それは社交性の低さの特徴であるかもしれない。

「からかう」のは、褒められたスキルでない。からかうのが得意だから賞状を貰えるということはないし、もちろん好ましくないとされる。

こういうのは興味深いと思うのである。人間と人間が関わるスキルのうち、「よくない」とされるスキルの方が実用度が高かったりする。「立派」だとされるやり方にこだわると馬鹿を見たりする。

話が長くなるので手短に言えば、悪意もそれなりのスキルとして考えるべきである。
この世界は好意や善意の交換ばかりではない。
(もちろん悪意系のスキルが得意な人間に賞状をあげるわけにはいかないが)。


フィクションだと、主人公は「からかわれる」側である。

「からかう」と言ってもいろいろあって、ヒロインから主人公への親愛の情であることもある。ラノベ系の作品でヒロインが男性主人公をおちょくるのは定番だろう。これは「からかわれるキャラ」という善良さの演出。

えげつないからかい方だと、単純に言えばイジメということになる。集団から個人への排他的攻撃である。主人公が「浮いた存在」である方が、何となく、キャラを立てやすい。そういう位置づけのために、主人公やヒロインが悪意のある「からかわれ方」をされることがある。
「からかう」スキルが高いと、群れるのが得意ということになるので、主人公属性を持てない。

別に「からかわれる」でなくてもいいんだけど。主人公は善意系のスキルの象徴なので、悪意系のスキルの攻撃を受けるということ。

善悪とかいうけど、この場合の悪って、刑務所に入るような特殊な極悪人の話ではなくて。
ごく普通の人間たちの世界でも、善意系のスキルと悪意系のスキルのせめぎ合いがある。

ともかくフィクションの主人公の場合、悪意系のスキルは禁止である。そういうスキルは主人公以外が使うもの。まあフィクションだと主人公に倒される役だったりする。
(もちろん現実だと悪意の方が強いのだが)。
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