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努力の物語と高度経済成長

努力が描写されない、というけれど。

理由はいろいろあるのだろうが、努力とはわりと単純なパワーアップなわけである。王道過ぎるRPGのようにレベル1から限界無くパワーアップしていくような……。ちょっと単純すぎて、飽きたというのもあるだろう。

「努力」と対極にあるのは、最初から固有の能力を持っているという設定。物語の初期段階で、主人公には固有の能力がすでにある。その固有の能力は、万能ではなく、使い方が限られている。限られていることが重要であり、限られているがゆえに、駆け引きが生じるのである。

「努力」というのは、万能に無限にパワーアップしていくみたいな感性なのかも。自分に限界がないという、高度経済成長的な価値観なのだ。敗戦後のゼロからスタートしたけど日本はどこまでも成長していくという考え。

物語の流行を時代背景と結びつけすぎるのも何だが、努力の物語は、限界無く成長していくことを前提としていると思う。不況のご時世だと、「最初から固有の能力を持っている」という方がしっくりくるのかもしれない。
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