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「ガンダム00」は群像劇ではない。1人のテロリストの物語だ。

「ガンダム00」の第一期を見た。三度目。
セカンドシーズンはまだ放映中で、残り数話というところだが、この作品に関しての認識が改まったので論評を書いておく。

最初に「ガンダム00」を見ていた頃は、とても印象が悪かった。
焦点が定まらない中途半端な群像劇。
理由もわからず、戦闘だけが繰り返される中途半端なアニメ。
失敗作だと思っていた。

だが、三度目を見て、印象が変わってきた。
これは群像劇ではない。
(セカンドシーズン終盤の死亡退場の多さを見たから言えることでもあるが)。
あくまで主人公・刹那の物語なのだ。

<世界の歪み>という単語が「ガンダム00」には何度も出てくる。
今まではこれがわからなかった。
だって、日本はことさら平和に描かれるし、世界大戦だって起こってない。
地域紛争程度で世界の歪みとか言われても話のスケールが小さいと思っていた。
いろいろ登場人物が出てくるが、別に世界大戦やってるわけではないから、横並びでキャラが立ってないという印象もあった。

これは刹那の自閉的な内面から見た物語なのである。
テロリストの物語なのだ。
平和だからこそテロルは望まれる部分もある。
平和だから疎外される者がいる。
テロとは平和への憤怒なのだ。

簡単に言うなら、テロリストの心境になると「ガンダム00」は楽しめる。
(破壊による再生、というが、要するに<平和な世の中>を破壊するということだ)。
そしてこの作品は、自閉的な少年が世界全体と戦うという、アニメの王道でもあるのだ。
登場人物が中途半端に羅列されているのも、自閉傾向のある主人公視点から見ているからだ。
他人の物語はまともに描かれない。
死亡退場で掃除するべきもの。

「ガンダム00」のセカンドシーズンは残り三話くらい残っているが、どんな決着になるかわからない。
ただ、どんな結末であれ、自閉傾向のある少年が世界と戦う王道アニメとして纏まるはずである。
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