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理屈っぽい女はヒロインに向かない

「化物語」は、理屈っぽく話す女の子をヒロインとしたシュールなコメディである。
これを見ていて逆に思ったのは、普通の作品のヒロインは論理的であってはならない、ということだ。
単純に言えば、感情の動物という話になるが、なんというか、理屈を越えているからこそ、ある種の神秘性があると言えるのである。

我々の日常で、まともな理屈が屁理屈と言われることがある。理屈は基本的には、人間の本性に反したものである。もちろん理屈できちんと説明しないといけない状況もあるが、多くの場合、理屈で正しさを説明するとウザイと言われる。
論理とか理屈を口にしてしまうと、そこには人間味がないし、物語的なものを失うのかもしれない。
心理学で言われる「防衛規制」のひとつに”知性化”というものがある。
物事を出来るだけ客観視して、論理と理屈で処理しようということだ。

ヒロインに限らず、主人公でもそうだと思うのだが、「知性化」によって目の前の状況を分析して遠ざけてしまっては、生き生きとした物語にならない。単なる空疎な粗筋だ。

魅力的なキャラクターは、その世界に没入して、最大限生きているのである。
知性化をすると、世界の意味が相対化されるので、それはよくないのだ。
仮に「知性化」するなら、「化物語」のようにシュールな扱いをしなければならない。

つまり「化物語」は理屈のパロディということだ。
本当の意味での理屈を展開するわけではなくて。
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