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「伏線が未回収」という口癖があるが、たぶん作品の構成力の問題

作品を批判する時に「伏線の未回収」という言葉を使う人が多い。
これは口癖のように使われているので、ある意味本質が見えづらくなっている。
本当に言いたいのは伏線の問題なのか?
伏線が回収されるかにこだわって、そんなに読んでいるのか?

たぶん、作品の構成力が問題なのだと思う。
構成力不足の作品というのがある。
ストーリーが蛇行していたり、あるいはいきなり話が飛んだりして、キッチリまとまらない作品。
こういう作品に出会った時に「伏線が未回収」という口癖が出るのだと思う。

きちんと作られている作品なら、伏線など未回収でもいいのだ。
たとえば「灰羽連盟」に説明不足の要素が多いとしても、別に伏線の未回収とは思わない。
説明されなかった部分は、何らかの隠喩であり象徴であり、それをわれわれは受け取り解釈するべきなのだ。
いちいち全部説明してる作品が良い作品というわけでもあるまい。

ストーリーの軸が定まらず、話が飛んだりして、投げっぱなしで進んでいくような構成力欠如の作品こそが問題なのだ。
そういうストーリーは思いつきの垂れ流しであり、継ぎはぎだらけであり、まともに完成された作品とは呼べない。
構成に統一感のない作品が悪いのであり、伏線がどうこうは副次的なものだ。
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