Headline


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーをはてなブックマークに追加

「百合」は死語

「マリみて」がブームだった頃、盛んに”百合”というキーワードで説明された。
それが間違いというわけではないのだけど。
男のオタク達はジェンダーに関する新しい在り方を求めていたわけではないのだ。
実際、”百合”が発展したとは思えない。

逆に発展したのは、女の子の仲良しグループだ。
それを”百合”と呼ぶのはちょっと違うだろうと。
まあそれだけなんだけど、「マリみて」をふと思い出して、そんなことを考えたわけである。

腐女子がジェンダーに対する葛藤を抱え同人文化を育てているのとは対照的に、男のオタクは、単に女の子が群れていればいいのである。

ジェンダーの葛藤を越えるために「けいおん!」とか「らき☆すた」を受容しているわけではなく、単に女の子たくさん出てきて、みんな仲良しならいいなあ、というだけなのです。

腐女子の場合、”ペニス”の扱いに葛藤があって、(あるいはペニスを入れる場所に葛藤があって)、独特の文化を築いているわけだが、男性オタクの場合、そういうファルス的なものに葛藤はないと思う。

仮に葛藤があるとしたら、「リア充のペニス」ではないかな。
それさえ避けられるのなら、いいのである。
女の子同士が仲良しで完結しているなら、そこにリア充のチンポが入ってこないから。
リア充との葛藤はあっても、別に性的な葛藤はない。
処女信仰と言われるのも、単にリア充のペニスと無縁な女の子であって欲しいという願望だと思う。
このエントリーをはてなブックマークに追加
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
アクセスランキング