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アニメ表現における漫才的暴力

この世の中における暴力の多くは「冗談」である。
あなたは殺人事件を見たことありますか?
傷害致死事件を見たことありますか?
そもそも本気で全力で殴り合っている喧嘩を見ることも、ほとんどない。
本当に本気な暴力は、この世では稀にしか無く、刑務所が本拠地みたいな人がやることである。

さて、われわれが接する暴力の多くは「冗談」だ。
冗談というと、かなり曖昧さを含んだ言葉になってしまうので、「漫才的暴力」と呼んでおこう。
漫才のツッコミで頭をはたくようなのがあるが、あれの延長だ。
結構力を入れて殴ったり蹴ったり、「罰ゲーム」をやらせたりすることもあるだろう。
「バラエティー番組的暴力」という造語も思い浮かんだが、長いので、「漫才的暴力」と呼んでおこう。
まあ言わんとするところはわかるだろう。



アニメでも、バラエティー番組のようなノリで、漫才的暴力が多用されるコメディ作品は結構たくさん存在する。
これをわれわれは普通に見ている。
まあ「けいおん!」で澪が律を殴る場面があるとして、「これは暴力だ」などと言えば無粋だ。



それでも、あえてアニメ表現の漫才的暴力に注目したい。
映像表現として、殴る蹴るとか、げんこつでたんこぶが出来るみたいなのはわかりやすい。
それに「バラエティー番組が嫌い」という少数派である私とは違って、みなさんは、ロンドンなんとかが出てくるバラエティー番組が大好きかもしれない。
私は必ずしも共感を求めているわけではない。
むしろこのエントリーでは少数意見を述べようとしているわけだ。
アニメ表現として、「漫才的暴力」を多用するのは不快だ。
すでに述べたが、ああいうのが世の中の暴力の大半だからだ。
(刑務所が本拠地の人は別として)。
バラエティー番組の「悪ノリ」の延長が暴力である。
暴力を受ける側は、「そういう役割」だから、みんな自然に受け取る。



暴力とは、偉い人を殴ったりしたら大罪になるのである。
強者に暴力を振るうのは大罪だ。
タブーに触れたということなのだ。
逆に、弱者が殴られても、それは「そういうキャラ」として受容される。

要するに、暴力とは、他者の肉体へのダメージ量の問題ではなく、ヒエラルキーの相関関係の中で、どれだけタブーを犯してしまったかという問題なのだ。

「漫才的暴力」は、他人を殴ったり蹴ったりすることからタブーを取り払う。
そういうキャラとして定着させる。
その「悪ノリ」がエスカレートしても、漫才の文脈であることに代わりはないので、歯止めはきかないのである。


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