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主人公のポテンシャルへの信仰

われわれが現実において失敗すれば、それは価値が落ちたということだ。
リカバリーが不可能というわけでもないが、基本的には、価値の低い階層に固定されたということだ。
その低階層で、そのまま人生を受け入れるということである。
下層ルートに固定されて、あとは惰性。

フィクションの主人公は、このような現実法則に縛られない。
失敗しても価値が下がらない。
ミスしても価値が下がらないし、負けても価値が下がらない。
もちろん作品内では針のむしろに座らされたような状態になる。
しかしポテンシャルとしての価値は落ちていないのである。

空想とフィクションの違いはこのあたりにある。
空想だと、次々とプラスの出来事が起こるようなことをイメージしがちである。
着実に加点していくのが現実的な成功だからだ。
失敗すれば、そこで限界が見えたということだ。
フィクションはそれとは反対なのである。
主人公が負けたとしても、ポテンシャルへの疑いはない。
ポテンシャルへの肯定感情と言ってもいいだろう。
主人公が苦況に陥っても、われわれ読み手は、主人公のポテンシャルを信じ、それが証明されることを願うのである。
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