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「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」は二度見れば普通に面白い作品



「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト」をボロクソに酷評するために最初からもう一度作品を見るという不毛なことをやっていた。二度目の視聴では、何も期待してなかったためか、それなりに楽しい作品に思えた。

この作品の問題点は、初見だと世界観が「アングル」としてわかりづらいということだ。

実は非常に素朴な設定の作品なのだ。ローマ時代をモデルにした遠未来という感じの設定。主人公達の属するヘルベチア共和国は、ローマと戦争をしていて、物語開始時点では休戦している状態。それだけなのだ。

少し前まで戦争をやっていたということは、教会の戦災孤児のエピソードなどで描写されてはいる。だが、この作品を普通に見た場合、あまりにも安楽な休戦状態というイメージだ。平和な田舎町を描写しているだけ、というのが実際のところだろう。

第七話のフィリシアの回想で、過去に戦争をやっていたことはわかる。だが、初見でこれを見ても、過去に戦争をやっていたという漠然としたイメージが得られるだけで、「アングル」がさっぱりわからない。

尺が足りないからこうなったというわけではない。この作品は全12話だが、仮に全24話だったとしても、休戦状態をほのぼの描いていたと思われる。軍服を着ている少女達の安楽なモラトリアムなのだ。(リオのモラトリアムだったと言ってもいいのだが)。よくも悪くも、それがこの作品の特徴なのである。

それに細部もちゃんと描いている。たとえば第十話でリオが去る場面などは初見では端折りすぎのように思えるが、二度目ではちゃんとわかる。二度目の視聴でバラバラなパーツを繋ぎ合わせていくと構図が見えてくるのだ。つまり物語のシークエンスが(意図的な説明不足で)繋がっておらず、二回見ないとわかりませんよ、ということなのだ。

最後のローマとの戦いの部分は、この作品らしいファンタジーということなのだろう。そもそもリアリズムとは無縁なのだ。実際、主人公がトランペットをやるという初期設定からして、「音楽で戦争を止める」みたいなファンタジーは予想の範囲内ではあっただろう。結局は、そういうファンタジーを受け入れるかどうか、というだけの話だ。

リオが最後に休戦させる場面も、初見では突拍子もないように思えるが、実際はそういう流れになることが当然という設定になっている。初見だと、イリア公女殿下とリオが姉妹であるという基本的な設定さえわかりづらいのだが、二度目の視聴だと、姉のイリアの死で進まなくなった休戦協定を、妹のリオが代わりにやるという流れは自然に思える。リオの内面の葛藤は明示的に描写されていない。初見だと何かに悩んで荒れているように思えるだけだ。二度目の視聴でようやく、イリアの役割を受け継ぐことへの葛藤ということが了解され、リオの苦悩や部隊から姿を消したことが腑に落ちる。

もし「二度見ないとわからない」という手法を使わず、物語のシークエンスを普通に繋いでいったら、この作品はどういう評価を受けたのだろう。陳腐だけど面白いという評価もあったかもしれないし、陳腐でつまらないという評価だったかもしれない。いずれにせよ、とてもシンプルなお話を、わかりづらく描いているだけなのだ。
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