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自己犠牲の交換原理

フィクションは基本的に自己犠牲的な行動が求められる。

ジャンプ漫画で「努力・友情・勝利」と言う場合の"友情"は基本的に自己犠牲という文脈である。
他人と交流し友誼を深めていく話ではなく、自己犠牲で感動させる話が求められているわけだ。

なぜ自己犠牲で感動するのかと言えば、自己犠牲は感動するからという単純な答になる。
あなたも物語の登場人物が自己犠牲的な行動取るの好きでしょう?

少なくとも物語的には(ジャンプ漫画的には)友情を示すためには、自己犠牲的行動を取らなくてはならない。
あるいは、自己犠牲のない単なる友情では、<物語>としてピンと来ないだろう。
友達と仲良く遊びました、終わり、ではストーリーにならない。
(四コマベースのコメディーなら、それでもいいのだけど。感動のカタルシスがなくても、オチが付いていて楽しめればいいのだから)。

自己犠牲は、登場人物を死なせるのと同じレベルの安っぽさも持っているのだが、登場人物死亡というクリティカルなエピソードとは違って、何度でも使える。
何度も何度でも繰り返し自己犠牲。
あなたが自己犠牲するから私も自己犠牲。
フィクションでは、自己犠牲が交換的なものとして成り立っているということでもある。
(現実で自己犠牲やったら、単に犠牲になって他人の踏み台になるだけだと思うが)。
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