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「Angel Beats!」第二話までの感想



出来ればセカイ系という言葉はあまり使いたくない。なぜなら、セカイ系という言葉は、社会評論系の連中が若者論を語るためにアニメの話に割り込もうとしている側面が大きいからだ。それは単なる牽強付会であり、上から目線であり、作品論をオタク論に引き下げようという悪しきものなのだ。奴らが論壇にポジションを得るためにアニメについて語ってみせるとか、そういうのはお腹いっぱいなのである。

さて、話を仕切り直すが、この作品はセカイ系だ。オタク視聴者の内面とか、オタクの人生とか、そんなのと無関係に、フィクションの物語構造としてそうなのだ。ある特殊なカタチを持った世界観を提示し、その世界の在り方が主人公やヒロインにすべて委ねられるという意味でセカイ系なのである。

まだ第二話までなので何とも言えないが、第一話はそれなりにキャッチーな設定であると思う。すでに出来上がってる世界設定の中に主人公を放り込む場合に記憶喪失を使うのはベタだが、主人公が舞台に登場する前の日常をデリートしておくという意味ではいいのだろう。第二話のコメディ調の部分は私的にはあまり好きでないドタバタ展開だった。シリアス展開と思いきや、話の腰を折られてしまった印象だ。だが出来は悪くないのだろう。このあたりは序盤のコメディパートとして、(つまりある種の余興的な脱線として)了解しておこうと思う。
第二話で語られたヒロインのトラウマ話は、麻枝准的な泣きを展開させるための前振りなのだろう。あまりキャッチーなエピソードだとは思わなかったのだが、物語の後半でこのヒロインのトラウマに対して、何らかの「解決」がなされるものと思われる。行き当たりばったりでシナリオを書いているわけではないだろうから、それなりのちゃんとした展開で回収されるのだろうと期待してもいいのだろう。

ヒロインの造形に関しては納得がいかない。最初にラフスケッチが公開された時から言われていたが、誰が見ても涼宮ハルヒをイメージしてしまう。わがままなタイプの女の子をヒロインに据えるのはテンプレートなので、それは基本に忠実でよいのだが、要は交換可能ということでもある。テンプレの範囲内なら、別のキャラでもいいわけだ。わざわざ超有名作品のキャラをイメージさせることはなかっただろう。パロディーが流行ってるからパロディーを入れました、というのでは志が低い。

あと、懸念しているのは、「バトルもの」にして欲しくないということだ。アニメは異能者がバトルするという作品がたくさんあるわけで、でもそれが少し飽和状態で、最近はパロディーっぽいコメディ話に流れたりしているのだが、そういう流行は押さえなくていい。「バトルと(パロディ的な)コメディ」というありがちすぎることを中心軸にされたら、何のためにこの作品があるのか、という疑問が生じてしまう。粗製濫造に一枚噛むために作ったのか……ということだ。そういうくだらない作品にならないことを祈るばかりである。せっかく期待感を煽って斬新なアニメをやるような雰囲気なのだから、おもねることなく独立不羈の精神で製作して欲しいものだ。
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