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物語のラインの数の問題

小説の在り方として、一人称・三人称と区別したりする。
これはあくまで視点の問題でしかない。
物語の構造を区別できているわけではないだろう。

一冊の小説があるとする。
たとえば250ページくらいのイメージ。
その中で、物語のラインがひとつだったり複数だったりすると思うのです。

一人称の場合、ストーリーのラインは一つになるだろう。
三人称の場合は、いくつにでもなりうる。

たとえば主人公とヒロインが出会って、そのまま二人で行動するのが250ページの大半だったら、それは三人称であっても、ストーリーのラインが一つしかない。
物語的には一人称みたいなもの。

主人公とヒロインが出会う中、別のところで事件が発生していて、そこでのサブキャラのストーリーが描かれ、最後でピースが埋まるような具合なら、ストーリーのラインは二つ以上あるわけだ。
そうやって動く複数のラインが多ければ多いほど映画的な小説なのだと思う。

登場人物の数の問題ではない。
たとえば女の子が五人出てきても、主人公と一緒に行動してるならラインは一つだ。
女の子五人がそれぞれ別々に行動してるなら、ラインは5つになる。

小説を読んでいて途中で粗筋を忘れてしまうような人は、ラインが多い話が苦手だと思う。
映画なら映像で明示されるが、小説だと、同時進行してるラインを頭の中で把握する必要があるからだ。

あるいは作者の書き方の問題でもあるだろう。
主人公とは別のラインで物語が動いている時に、わかりやすく説明的に書いてくれると読みやすい。
(だが、説明的に書かない方が文章としては美しい)。
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