Headline


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーをはてなブックマークに追加

マイレージ、マイライフ



2009年のアメリカ映画。序盤は、いわゆるうんちく漫画的な、あるいは職業ドラマ的な立ち上がりである。主人公は「解雇宣告人」として全米を飛び回っている。企業から依頼されて、解雇通告をするのが仕事だ。最初はそれが面白くて、この仕事を巡る緊迫したドラマが展開されるのだと思っていた。だが、序盤を過ぎると、主人公の人生に話がフォーカスされる。主人公は中年の独身貴族で、それなりに人生を楽しみながらも、ほろ苦さも抱えている。そういう姿を描こうというものだ。つまり、シビアな企業戦士から普通の人生に降りるかどうかという<文学>なのである。ゆるゆるとして、楽しいような疲れたような、そんなメリハリのない情景が描かれる。こういうタイプの作品の場合、感情移入出来るかどうかは、その人の人生によるのだろう。「マイレージ、マイライフ」は、絶望的に終わってるオッサンを描いたわけではなく、芸能人で言えば少し前の石田純一みたいな(今は東尾の娘と結婚してるが)、ああいうアンニュイさである。われわれオタクには感情移入しづらい作品かもしれない。オタクはそもそも人生を端から楽しんでないので、それなりにモテる中年の疲れとか倦怠感はわからない。ハードボイルドなら(自分と縁遠くても)共感出来るけど、こういう作品は無理。ダイレクトな部分で共感を求めてくるから、「自分とは違う」という感想が沸き上がる。これは作品の欠陥ではなく、<文学>というコードの問題だ。
このエントリーをはてなブックマークに追加
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
アクセスランキング