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「フラクタル」のつまらなさ、ファンタジー世界観への飽き

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フィクションの設定には、それなりの新奇性が必要である。根っことなる骨組みは既存のパターンであっても、表面的な部分は真新しい必要がある。
それが出来てない、あるいは意図的にやらなかったのが「フラクタル」である。この作品の欠陥は、表面的な包装の部分で既視感があることだ。完全に独創的な話なんて無い、あるいはあっても忌避されるが、それなりに真新しい要素は必要なのである。
「フラクタル」第五話まで進んだが、つまらなさは衆目の一致するところで、批判すらされない空気アニメになっている。王道のファンタジーなのだが、それがよくない。骨組みが王道であるのはいいことだが、表面的にどこかで見たような印象ばかり受ける。
さらに輪を掛けて悪い理由は、こういう冒険ファンタジー自体が飽きられていることだ。アニメでなくゲームのRPGでもこんなのばかりだ。ジブリなら、こういう王道でも見てるだけで呻るような作画や、話作りの素晴らしさで楽しめるけど、「フラクタル」は王道ファンタジーのつまらなさが目立つ。
RPGを最初にやる時は世界を「冒険」することにワクワクするが、だんだんRPGのフォーマットが見えてきてつまらなくなる。ドラクエの続編が今ひとつ楽しくないようなもので、最初の面白さは二度と体感できない。アニメ・ゲーム世代である視聴者はこういうのに飽きてるのだ。「フラクタル」がファンタジー的世界観を捻りもなく使ったのは王道を志向したのだろうが、それはかなり間違った行為だったと言える。王道は王道で素晴らしいけど、ファンタジー世界観だけは使ってはいけない。題材の選択が致命的な失敗だった。この世界観でやるなら、余程ストーリーが面白くないと見る価値がないが、全11話のうち第五話まで見て、ストーリーがつまらないのだから、救いがたい。
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