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願いを叶えるには代償が必要「魔法少女まどか☆マギカ」第七話。

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現在放送されているアニメの中で一番面白いと誰もが認める「魔法少女まどか☆マギカ」。第七話を見た。基本的にフィクションにおいてスペックを操作して変えるという話は好まれない。たとえば「ドラえもん」の道具でのび太を長身のイケメンにして知能を足せば問題は解決しそうだが、そういうことはしないわけである。ある意味「ドラえもん」は道具の使い方に失敗し続ける反復強迫である。登場人物の容姿を上げ下げするとか、知能の上げ下げ、身長の上げ下げ、……なんでもいいが、登場人物のスペックを変える話は好まれない。これは禁じ手なのである。実際、スペックが固定されているから物語があるのだ。たとえばそれぞれが自由に自分のスペックを変えられるのなら、他者との関係性が成り立たない。「スペック固定」が大原則なのである。「魔法少女まどか☆マギカ」で言えば、事故で指に障害を負ってしまった元天才バイオリン弾きの少年。基本的にこれを治してはいけない。健常者は健常者であり、障害者は障害者。そういう「スペック固定」が物語、あるいは人間の原則だ。世の中には最初からハイスペック過ぎる人がいるが、そういう人も「スペック固定」の原則の中にいる。全部恵まれていても、それはそれで、そういうスペックに固定されているからいいのだ。スペックを自由に操作して、ロースペックなあなたが今日からいきなり天才ピアニストになったり、天才サッカー選手になったりするのはまずいのだ。なるとすれば、それなりのプロセスが必要だ。修行してピアニストを目指すとか、修行してサッカー選手を目指すとか、そういうことだ。フィクションにおいて指の障害を治すとなれば「ブラックジャック」のような存在が必要になるでしょう。ブラックジャックだと許されるのは「天才外科医」というキャラに説得力があるからです。「ブラックジャック」を読んでもステータスを好き勝手に操作という印象は持たない。あと、あくまでブラックジャックが主体であり、治される側は脇役であるのが重要である。原則的に治された脇役は物語から退場していく。さて、「まどか☆マギカ」の元天才バイオリニストの少年。彼はブラックジャックの患者ではないので、彼の障害は治してはいけない。障害を負った瞬間から、その障害が彼のアイデンティティーとなるからだ。気軽に魔法で治すのは物語性の崩壊である。「まどか☆マギカ」では彼の障害を魔法で治してしまう。ここには当然、代償が必要である。「まどか☆マギカ」は物語の法則を極めて遵守している。障害を治した、つまり他人のスペックを変更したのだから、そういうルール違反への代償は必要である。さやかが今後不幸になるのは必定と言える。要は「願いを叶えてもらう」のは悪事なんです。だからその後には悲惨な末路が待っている。これは前払いと後払いの違いだとも言える。努力して修行するのは、苦しいことを前払いすること。「まどか☆マギカ」のように願いを最初に叶えると、後払いが待っている。


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