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魅力の釣り合ったもの同士が付き合うというルール

10年前に書いたことのリライトですが、人間存在の根幹にあたる問題なので書いておきたい。
あなたが男性だとして、仮に著しい不細工だとしましょう。しかし魔法か何かで、街を歩いているどんな女性とも好き放題に付き合えるとする。そうだとしたら、不細工の意味はなくなるでしょう。もちろん現実には容姿のヒエラルキーがありますから、不細工なあなたが街を歩いている美少女と自由に付き合えるということはありません。そして、そういうルールが人間存在を成り立たせているのです。魅力の釣り合った者同士が付き合うというルールがあるから、われわれは鏡を見るのです。自分の容姿が性的対象の獲得に無関係だったら鏡は見ません。
容姿以外の話でも似たようなものです。たとえばあなたが男性で身長が低いとする。そうであれば、身長が低いなりの人生だったでしょう。仮にあなたの身長が高かったら、他人の態度は違っていたはずです。というか魔法の話でもなく、現実に中学生くらいだと身長が急激に伸びる人がいます。そういうことがあれば、他人の態度は変わるし、人間関係も塗り変わります。
端的に言えば自分のスペックで他人の態度は変わります。それが鏡なのです。中学校の一学期にチビだったあなたが夏休みの間急激に身長が伸びたら、二学期の時は周りの見る目が変わる。一学期の他人も二学期の他人も同様に鏡なのです。
そしてそれが世界なのです。われわれを取り巻く世界は、自分のスペックを他人という鏡に映すことで形成されます。他人が目を輝かせたり、あるいは蔑むような目線で見てきたり、そういうのがわれわれの存在を照らし出す鏡です。スペックにより扱いが違うから、われわれは存在している。「鏡を見る」のが人間存在の基本であり、それは他人の態度ということなのです。
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