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悲劇は需要ある。あまりやらないのは、登場人物死亡のため続編が作りづらいから

読者を感動させるには登場人物を死なせればよい。それは衝撃的であり胸が痛いものであるが、大きなカタルシスを生み出す。登場人物の死は、古典的であり王道でもあり、とても感動を呼びやすいフォーマットだ。しかし、最大の問題は、続編を作れないことだ。商業的に作品を出すからには、売れたら続編を作りたいと考えるだろう。続編で儲けることを夢見て、作品はリリースされる。だから悲劇は物語性として王道であっても、続編の難しさから作られない。まどかマギカについては地震により第十一話以降の放映が遠のいたので言及はしづらいが、たとえばKey作品が人気を博したのは、続編を作らないという覚悟性によるものだ。絶対に続編を出さなくてもいいという条件なら、硬質な悲劇の物語は描きうる。実際のところ、不幸な女の子を死なせればいい程度だから、そう難しくはない。Key作品や、まどかマギカにおいて繰り返される「少女の死」は、何百年も前のおとぎ話から存在しているテーマである。時代を超え普遍的な物語性なのである。少女の死の先に続編はないけれど、続きがない断絶性の痛みこそがわれわれの人生と通底していて、人を深く感動させるのである。

何にせよ、まどかマギカの成功を見て真似したいと思っている会社があるなら、Keyのようなブランドを目指してみるべきだ。Keyは「続編」は作らないけど、ブランドとして継続性があり、根強い信者を形成している。続編をダラダラやりたいというラノベ作家のような発想は捨てて、毎回新しい作品を書きながらも継続性が見られファンが付いてくるのが理想なのだ。まどかマギカも下手な続編を作るよりは、Keyのような方向性を目指して欲しいものである。もちろんまどかマギカはシャフト+虚淵玄という組み合わせだから難しいが、このコンビでブランド的なものを目指してみてはどうだろう。商標的なブランドという意味ではなく、視聴者から認識される仮想ブランドですね。シャフト+虚淵玄で似たような暗い作品を出し続けて、ひとつひとつは完結させながらも、連続性を感じさせる作品群になるような……。そんなことを勝手に考えてみたりするのです。
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