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ローゼンメイデンの空虚で強い動機

物語は動機付けが必要なわけである。
キャラクターがどういう動機を持って行動するか。

動機でもふたつある。

1,状況による動機
2,内面による動機

「ローゼンメイデン」は「内面による動機」に分類した方が適切だと思われる。
彼女たちは一応「状況によってアリスゲームをやらされている」とも言えるのだが、たぶん内面の意思としてアリスゲームをやっていると捉えた方が適切である。

たとえば、”状況による動機”というのは、
「妹が病気で、特別な薬草が無いと死んでしまう。でも薬草を手に入れるには戦いに勝たないといけない」
というようなのを言う。
この場合は、戦わなければ妹が死んでしまうという状況があるわけだ。
逆に何ら差し迫ったことがないのに、妹想いであるがゆえに何かとても困難なことに挑むというのであれば、妹想いの内面の物語となるかもしれない。


「ローゼンメイデン」はある意味空疎で空虚な物語だ。
アリス、アリス、アリス、アリス、である。
お父様、お父様、お父様、お父様、である。
瀕死の妹を治す薬とは違って、「アリス」はわからない。
でも、それがこの物語のスタイルなのである。
状況としてアリスゲームをやる差し迫った理由が今ひとつわからないのだが、でも「アリスになりたい」という想いで物語は充分に回転しているわけである。
「お父様」というキーワードにしてもそうだ。「ローゼンメイデン」におけるお父様というのは、まさに内的な動機の問題なのだ。内面がそれを求めるから、ということである。
「AIR」のような親子の物語はここにはないのである。
ただ抽象的なシンボルとして、お父様、お父様、お父様……と求められている。
アリスになると瀕死の妹が助かるというようなわかりやすい利得がないだけに、動機の強さだけでキャラを立たせることが出来ている、とも言える。

一歩間違うと、何をやっているのかわからないストーリーになりかねないが、「ローゼンメイデン」は詩的な作品に仕上がっている。
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